叫ぶのは無謀そうだし、ユルゲンに気づかれても困る。

 窓はライラの腕ひとつ通るほどの小ささだ。窓から伸びる影が長く、日が傾いているのがわかる。動くなら明るいうちだ。

『いいか。使う必要がないのを願うが、どうしても自分の身に危険が迫ったら迷わなくていい。ただし自分を傷つける真似はするなよ』

 スヴェンの言葉が蘇る。この短剣を使えば、少しは相手の隙をつけるだろうか。ユルゲンに鋭い剣先を向けることを想像して、ライラは身震いした。

 柄をぎゅっと握り、鏡のごとく研ぎ澄まされた刃を見つめる。

 そのとき扉が音を立てるのでライラは体を強張らせ、意識をそちらに集中させる。ややあって扉が開き、ユルゲンが顔を出した。ライラはとっさに壁に背を預けて後ろ手にナイフを隠す。

「お待たせしました。手筈が整ったので、あなたにはもっと長くて深い眠りについてもらいましょう」

 ユルゲンはなにかを染み込ませた布を取り出し、妖しく笑う。そして一歩ライラに近づいた。

「あなたはフューリエンとして自分の価値を自覚するべきだ。その髪ひと房で豪邸が建つんですよ」

 ライラは大きく目を見張る。様々な記憶と思いが交錯し、辿るように視線を落とした。しばらくして、ライラは不意に口を開く。

「……いらないんです、そういうの」

 小さく呟かれた言葉をはっきりと聞き取れず、ユルゲンは顔をしかめた。

 ライラは後ろ手に持っていたナイフを前に持ってくる。彼女が刃物を所持しているとは思っていなかったユルゲンに、動揺が走った。

 ライラは顔を上げ、まっすぐに彼を見つめる。その瞳にもう迷いはない。