香りには神経を麻痺させる効果があり、ひとつふたつではたいしたことはないし薬草としても用いられる。しかし花が萎れ、枯れかかっている際にいくつかまとめて香りをかぐと、呼吸困難に陥る事例もあった。

 育てるのが難しく、孤児院で育てた経験はないが、ディルクに話を聞き実物を見せてもらったのを思い出した。

 ライラは慌ててドアへと寄る。

「すみません、誰か、誰かいませんか!?」

 切羽詰まった声でドアの向こうへ呼びかけるも反応はない。ライラは再び倒れているマーシャを見た。苦しそうに荒い呼吸を繰り返している。

 ひとりでけっして部屋から出るな、と言われている。自分の立場もわかっている。けれど――。

 ライラは部屋の外に飛び出した。改めて左目を髪で隠し、スヴェンの部屋の方へ足を向ける。迎冬会の準備をしているので、いないかもしれないがあれこれ考えてもしょうがない。

 歩調を早め、走り出そうとしたときだった。突然、背後から腕を引かれ、まったく予期していなかった事態にライラの心臓は跳ね上がる。

 うしろから抱きしめられるようにして口元になにかが当てられる。抵抗しようにも、回された腕の力が強く、甘くて魅惑的な香りが鼻をかすめ脳に届く。

 な、に? 誰? マーシャが……スヴェン。

 視界がぼやけ、次第に意識が遠退いていく。体の力が抜け、ライラの思考は深い闇に沈んだ。