「じゃあお父さん、そういうことで」
なにもかも恐怖でしかなかったあの頃に比べたら、この人を怖いと思うことはなくなった。
それは単純に、天馬だけでなく私自身もそれなりに変わったということなんだろう。
あのとき面と向かってぶつかったのが良かったのか、私や天馬が大人になったのかは分からないけれど。
「──桐乃」
部屋を出るため扉に手をかけたその時、不意にめったに聞かない柔らかい声音で名前を呼ばれて。
驚いて振り向くと、お父さんがわずかに笑っていた。
「自分の幸せを最優先に考えなさい。ひとりで頑張るのも良いが、やはり愛するものがいる人間は強いから」
「え……」
「大事な娘が選んだ相手ならきっと良い男だろう。椿財閥云々にとらわれず、ただ心のままに行っておいで」
私が縁談を受けるから、なのか。
まさかそんな言葉をかけられるとは思わずその時は戸惑うしかなかった私は……──数日後。
その言葉の本当の意味を、知ることになるのだった。



