「理月」



大翔さんが回してくれた車に乗り込もうとした俺を、不意に雅さんが呼び止めた。



「……おつかれ」



ふっ、と。


恐らく、出会ってから初めて笑いかけられた。


それはわずかに微笑む程度のものだったけれど、さすがの俺も動きを止めて目を見開く。



「……雅さん」



少しは認められた──ということで良いのだろうか。


一瞬迷いつつも、俺は小さく頷き返した。


後ろから様子を見守っていた柊真さんが困ったように苦笑して肩を竦めているのを見るに……まあそういうことにしておこう。


腕の中にあるかすかな温もりが今の俺の全てだ。


なにを犠牲にしてでも手離したくない。


今はなんの迷いもなく、心からそう思える。


ようやく全てが片付いた今、やるべき事は決まっている。


俺も前に進むときだ。


今度は、桐乃が生きたいと思える世界にするために。


桐乃が自由に笑っていられる世界にするために。


──だから、こんな所で終わらせる訳にはいかない。



「……生きろよ、桐乃」