「やめろ櫂。無闇に怖がらせるな」
「あぁ悪いな、つい癖が。……で? 雅に限って浮気なんてことはないだろうが」
「……は、つまんねぇ冗談はよせよ。いくら櫂でもぶっ飛ばすぞ」
突然ぐっと低くなった声に、櫂さんと呼ばれた人は動揺することもなくふっと苦笑する。
「相変わらずだな。まあ、お前がわざわざ連れてくるくらいだ。敵ではないと踏んで訊こう。……君、名前は?」
「え、わ、私……?」
ピリピリと電流が走るような空間。
ふたりの会話に硬直していた私は、突然水を向けられて心臓がすくみあがった。
雅さんとそう変わらない歳に見えるその人は、黒縁メガネの奥から鋭い眼光を向けてくる。



