「良いよ、差し替えよう。」



私の作品を見たマスターはそう言うと、カウンターの中で動き出す。



何を始めるのかと思いきや、コーヒーを淹れだした。



この香りは、夏目が売りに出したら高いって言ってたスペシャル…だったと思う。



「マスター、まだ何も注文してないし…ってか、スペシャル飲めるお金持って無いけど?」



「若菜ちゃんから金取ろうなんて、思ってない。」



マスターは、淹れたてのコーヒーをカウンターに置いた。



「冷めないうちに、どうぞ。」



私はマスターの言葉に甘えて、いただくことにした。



コーヒーの香りを楽しみ、口に含む。



「…苦っ!」



そんな私の様子を見て、マスターがニヤリと笑った。



「今書いてるとこ見た時は、だいぶ大人になったと思ったけど…。」



思った…けど?



「味覚は、まだまだお子様だねぇ。」



なんて言いながら、マスターがシュガースティックとフレッシュを差し出す。



「良いじゃん、別に。」



私は差し出されたものをひったくると、黒い液体を薄茶色に変えた。



「ところで若菜ちゃん、飾るのに表装しなきゃいけないけど…どうする?」



「あー、今度のお小遣いまで待ってて。」



額を買うのに、今持ってるお金じゃ足りない。



「じゃあ、文ちゃんに頼むか。」



マスターがそう言うと、私たちはどちらからともなく笑いだした。



家の跡取りとそれに付随する、私を取り巻く問題は何も解決していない。



近々結納する話も出始めているから、ホントはこんな風に和やかに笑っていられないんだけど…。



今は、この時を楽しもう。



過ぎ去った時は、もう二度と戻らないんだから。



坂下がいた時は、もう二度と…。











 END