学校帰りに色紙を買い、いつもの喫茶店へ向かう。



「いらっしゃい。」



相変わらず暇そうにしてるマスターが迎えてくれるココは、今日も閑古鳥が鳴いている。



要らない新聞紙を貰って床に敷くと、坂下の書道具を広げた。



「若菜ちゃん、何始めようっていうんだい?」



「そこに飾ってあるものを、差し替えるの。」



「別に差し替える必要、無いと思うけど?」



私は墨をすりながら、自分の思いを口にする。



「私、書道家になりたいんだ。」



坂下の書道具を手にした瞬間、好きな書道を…“書く”ことを、捨て去るなんてできないと思った。



ならば、ジイサンや父とは違った形で書道家を目指せばいい。



「それで、今飾ってあるのは恥ずかしいからって、捨てる気かい?」



マスターが不服そうに言う。



「捨てる気なんて無いよ。

書こうと思っても、これと同じものは二度と書けないもん。

自分の手元に置いておきたいの。」



墨をすり終えた私は、試し書きを始める。



「差し替えが嫌なら、マスターの言い値で買い取っても良い。」



私がそう言うと、マスターは黙り込んでしまった。



考えごとをしてる…らしい。



私はそんなマスターを尻目に試し書きを済ませると、用意した色紙に作品を書き始めた。



この店に飾ってあるのと同じ“和”という字を書く。



前は動揺を隠すように一気に書き上げたけど、今日はありったけの想いを込めて…。