「ったく、一口だから大したことないけどさ…。」



軽く小突いてやろうとしたら、桐生の奴が完全に酔っ払っているのに気づいた。



瞳が潤んで結構色っぽ…って、違う違う!!



たった一口で酔っ払うって…、嘘だろ!?



コレじゃあ、家に帰すわけにいかないよな…。



僕は桐生の前に烏龍茶を置くと、飲みかけのビールに口をつけた。



「鬼マサぁ~、なンレ坂下はアンジェ先輩なのかニャー?」



微妙に呂律が回らない口調で、桐生が喋りだす。



アンジェって、まさか…。



「お前…、どこまで知ってるんだ?」



聞けば、坂下先生が助からないことも、奥さんと離婚したことも知っていた。



「ミカも知ってるけロ、文字通りチューで口止めしたニョ。

ファーストキス、ラったのにぃ~。」



口調は相変わらずだが、かなり落ち込んでいるようだ。



「坂下、いつからアンジェ先輩が好きだったんだリョ?」



「さあな、あいつの好き好き攻撃は激しかったから…。

坂下先生が、根負けしたんじゃないか?」



「ラったら私も、我慢しないで告れば良かった…。

あんなのと結婚とか、やだ~っ!」



そう言うと、桐生が泣き出した。



まだ高校生なのに、婚約者がいるのか?



僕の実家の力を使えば、桐生の婚約破棄くらい造作もない。



坂下先生のことを考えて自分の気持ちを殺してきた桐生に対し、何とかしてやりたかったけど…。



実家に戻りたくない僕は、どうしても自分の自由を捨てられなかった。



ゴメンと心の中で謝りながら、泣きじゃくる桐生の頭を撫で続ける。



いつの間にか、泣き疲れた桐生が寝息をたてていた。