「うあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

それは、本当に一瞬のことだった。

「「!」」

時が止まったような気がした。

真っ赤な雨が降り注ぐと、次には放り投げられた男の体が落ちてきて、そのまま地面へと叩き付けられる。

幼い少女は悲鳴をあげ、側にいた女性は少女を腕の中へと抱え込む。

だが、少女の悲鳴に反応したマンティコアは、今度は二人に向かって走り出した。

「……血に狂ったか」

小さく呟いてから、腰に差していた刀を引き抜くノエンの横を、不意に何かがよぎった。

「!ルルさん?!」

ラッドは素早く飛び上がり、真っ赤な血を口から滴らせ、ギラギラした光を放つ瞳で少女達―否、餌を見下ろした。

そして、二人に向かって急降下してくる。

「ラッドー!!止めてぇぇぇぇぇ!!」

二人を庇うように両腕を広げ、ルルはラッドに叫んだ。

大丈夫。ラッドならきっと、自分の声を受け止めてくれる筈だ。

それだけの時間を、共に過ごしてきたのだ。

「……だから、お願い!!」

『……』

ラッドの鼻の上に寄っていた皺が、一瞬だけ緩み、ルルはホッとした。

「そう。大丈夫よ、怖いことなんか何も―」

『ガァァァァァ!!』

だが、それは本当に一瞬で、もしかしたらルルの見間違いだったかもしれない。

「……あ……ぁ……」

目の前にラッドが来たと思った次の瞬間、右の肩から何か生暖かいものが吹き出す感覚と、右耳が食いちぎられるような音が聞こえた。

微かに聞こえる音が、どこか遠くに聞こえ、自分の体では無くなるような気がする。

滴る血と、狂気を孕んだような瞳に、ルルは知らず視界がボヤけていた。

どこかで、自惚れていたのだ。

人間と同じだと、錯覚していた。こちらの思い通りに動いてくると、勘違いをしていた。

ラッドは獣。頭に血が上ってしまえば、興奮状態になれば、止めることなど不可能だ。

そして、例え相手を殺してしまっても、罪悪感を感じることなど無い。

それが親だろうが、ずっと仲良くしてきた相手だろうが。

殺すことを罪だとは思わないのだから。

(……私……間違ってたの……?)

鞭を使って、首輪を付けて、縛りたくなど無かった。

恐怖を植え付けて、従わせるようなことなどしたくなかった。

そんなことをしなくても、きっと分かりあえると思っていた。

ラッドは、自分だけは決して傷付けないと、思い上がっていた。

(……その結果が……こ……れ……)

意識が遠のく。すると、ラッドが自分の前に来て見下ろした。

食べるつもりなのだろうか?

だが、もう頭が働かない。

ルルは意識を保つことが出来ず、思い瞼を閉じて、暗い世界へと落ちていった。