犬や猫は勿論、鳥も大好きなルルは、昔一度だけサーカスを見に行ったことがあった。

玉に乗ってお手玉のように棒を高く放り投げるピエロ、火の輪を潜り抜ける猛獣達。

「すごーい!」

まるで魔法のようで、とても夢中だった。

そして、自分がそんなサーカスの一員になるのが夢だった。


「ルル。貴女は昔から、サーカスに入りたいと言っていたわね」

「うん」

十才になった今日。母はやたらと機嫌が良かった。

お皿が飛び交うことも、父が怒鳴り散らすことも今日は無いらしく、ルルはホッとしていた。

何時からか、両親はとても仲が悪くなっていた。

家庭が苦しいからとか、そういう話をしていたようなきはするが、幼いルルには二人の喧嘩の理由が分からない。

ただ、父は母以外の女の人と一緒にいることが多かったし、母も知らない男の人といることが多かった。

「ルル。今日はサーカスに行きましょう」

優しく微笑む母に、ルルは嬉しくなった。

手を繋がれるのが嬉しくて、その先の地獄など知らなかった。


「ふん。この娘か……こんなミソッカスじゃあ売りもんにはならねぇな」

小太りの男はルルを見下ろし鼻を鳴らすと、顎に指をかける。

「ま、将来に期待だな。ほら」

「ありがとうございます」

「お母さん?」

母は小太りの男から袋を受けとると、にっこりと笑みを張り付けたまま見下ろした。

「ルル。今日からこのサーカスが貴女の家よ」

「……え?」

幼いルルにも、母の言葉の意味は何となく分かった。

つまり、自分はいらないと言われたのだ。

「やだ……何で?」

「貴女がいるとね?お父さんもお母さんも幸せになれないの。お互いの幸せのためにも、ルルはここにいなくちゃいけないの」

母の言葉が、耳をすり抜ける。

「大丈夫。ルルもここで幸せになれるわ」

それだけ言うと、母は後ろを向いて歩き出した。

「!待って!行かないで!!」

ハッとして母を追いかけようとしたが、小太りの男に腕を捕まれる。

「お前はここに売られたんだ。もう家には戻れないさ」

「お母さん!行かないで!!」

何度も何度も母を呼ぶ。だが、母は最後まで振り返らなかった。

それどころか、ルルは見てしまった。

母が嬉しそうに口元を緩めていたのを。

自分が捨てられたと、心の中に穴が空くような感覚に、ルルは膝をついた。