思わず注目する皆の視線に気づいた彼は、手を止めて無表情で周りを見回す。


「……あんたら野次馬じゃなくて料理人だろが。さっさと動く」

「は、はいっ!」


抑揚のない声からは怒りは感じないものの、静かな威圧感があり、皆はそそくさと作業を再開する。

唯一、私だけが突っ立ったまま不破さんに注目してしまう。手際のよさや頼もしさに激しく胸を打たれ、無意識に彼の上着をぎゅっと抱きしめていた。


不破さんが三十分ほど手伝っただけでも厨房の中はスムーズに回り出し、大きな問題なくなんとかピークを乗り切ることができた。

その後、落ち着いたところで詳しい料理長の事情を聞くと、なんと厨房に立てなくなった原因はぎっくり腰だったらしい。動けないのが一時的なものでまだよかったが、彼がいないときの対処ができないことが判明したのは大問題だ。

不破さんが重々注意した、『常に最悪の事態を想定して、最善の方法を考えておけ』との言葉に、スタッフ一同猛省した様子で、手伝ってくれたことに深く感謝していた。

休憩時間を遅らせた私たちは、今度は客としてテーブル席に座り、料理をいただく。不破さんはお水を飲み、ひと息ついて私に謝る。