その直後、大きなどよめきが起こった。私も溝口さんと顔を見合わせる。

社名が変わるだなんてひとことも聞いていないけれど、その原因で考えられるものといえば……。


「合併するってことですか?」


私と同じ疑問を、前のほうに座る社員のひとりが投げかけた。

社長は気まずそうに目を泳がせ、歯切れの悪い口調で返す。


「いや……するんじゃなく、もうされている。買収を」

「バイシュウ!?」


予想外の単語が飛び出し、私たちは声をそろえてそれを復唱してしまった。

買収というものがどういうものかはなんとなくわかっていても、まさか自分たちが当事者になるとは思っていなかった。しかも、こんな突然に。

もちろん社長は以前から話を進めていたに違いないけれど、普段威勢のいい部長や重役の皆さんが別人のように黙りこくっている様子を見ると、彼らもなにも知らされていなかったのだろうと想像がつく。


「私も、本日付で退職することになった。皆、世話になったな」


社長は短い挨拶をして頭を下げた。私たちは、少々薄くなってきている彼のつむじを見つめ、呆然とするしかない。