涙を浮かべる杏の言葉が理解できない。

 ふと杏の左手に視線を向けると、薬指には何もはめられていない。

「結婚したんだろ?」
「しないよ。相手もいないのに」
「……彼氏は?」
「すぐに別れた。最後に君に会った日から、アイツには会ってない。本当はね。喧嘩も私が別れ話を切り出したからなの。そしたら相手に殴られて。それで君に甘えてしまったどうしようもない女だよ。君は生きることに精一杯だったのに」
「学校やめたのは? 新しい生活始めたって……」
「依願退職したの。あれから実家に戻って違うお仕事してる。のびのび暮らしてるよ。心配はいらない」

 俺が不安の色を浮かべていたからだろう。

 そういう杏は俺に笑顔を作ってみせたが、無理に笑っていやがる。

 依願退職?

 なんだそれ。

 俺が、その意味がわからない子供だと思う?

 ――実質、クビじゃないか。