後ろを向くと、壁にもたれて座り込む和泉くんがいた。

「い、和泉くん。ごめんね、盗み聞きするつもりは」

 続きを言おうとして、言葉を失う。
 和泉くんが泣いていたから。真っ赤な目をして、わたしを見上げている。

「見るなよ」

「ご、ごめん!!」

 やばい。怒られる。立ち去ろうとしたとき、動きを封じられた。スカートの裾を掴まれている。

「行くなよ」

「ええっ」

 なに、ツンデレなの? なんなの? 見るなだの、行くなだの。

「聞いていたんだろ」

「……たまたま、聞こえて」

 座り込んで膝の間に顔を埋めて、わたしのスカートをクイクイ引っ張る和泉くん。座れってことか。周りを見渡して誰もいないことを確認すると、和泉くんの隣に腰をおろした。

 ずずっと、鼻水を啜る音が聞こえた。鞄からティッシュを取り出す。

「あんな風に必要とされるって、やっぱり和泉くんて、凄いやつ」

「やつ?」

「あ、いや。タロちゃんがそう言っていたので。中学の頃から」

 ティッシュを渡すと、和泉くんはそれで洟をかんだ。

「わたし、なにも取り柄がないから。普通の普通。だから、和泉くんを応援する気持ちで自分を保っていたようなものなの」

「保つって、なんのために?」

「亡くしたから。家族を」


 和泉くん、もう涙は止まったみたいだ。

「うちも、お父さんいないの。和泉くんと同じだよ」

「どういうこと?」

「同じ。3月11日」


 息を飲んだのが分かった。亜弥とタロちゃんは知っているけれど、自分からまわりに言うことでもない。もしかしたら校内に、わたしたちと同じ生徒がいるかもしれない。

「そう、なのか」

「うん」

 記憶があって、思い出を抱えて、そして今年、七年経った。

 年月がひとつの区切りであるひとも、通過点であるひとも、それぞれだと思う。なにもなくても、かつてを思う日でもあり、未来を望む日にしたい。

「ごめん、知らなくて」

「なんで和泉くんが謝るの。和泉くんのせいじゃないよ」

 へらっと笑ってみせた。和泉くんにも笑って欲しいのに、まだ目が赤くて、苦悩が瞳に張り付いている。わたしは膝を抱えなおし、スカートを整えた。