「お前なら、できる」

「……先生、俺、もうバスケは」

 その声にはっとする。小谷先生の相手は和泉くんだ。

「タロもお前を待ってる。和泉、お前が来るのを心待ちにしている先輩たちもいるんだぞ」

 わたしの知らないところで、こういうやり取りがあるんだ。きっとこの1回だけじゃないはずだ。
 タロちゃんも小谷先生も、海英の男子バスケ部のみんなが、天田和泉という選手を手に入れたがっているんだ。
 ただ、彼にはできない理由と現実があって、それは思いだけじゃ、どうしようもできなくて。

「やりたいんだろ、バスケ」
小谷先生の低い声は胸に響く。わたしのところからは小谷先生の背中しか見えない。和泉くんの顔が見えない。

「……どうにか、なりますか」

 震える声にドキリとする。
 強いひとだと思っていた和泉くんが、こんな声を出すなんて。
 それと同時に、やっぱり、和泉くんはバスケを続けたいんだと分かる。辞めたくない。諦めたくない。ひとことに それが全部詰まって破裂しそうな熱を持ってわたしの耳に届いた。

「どうにかするんだろ。大丈夫だ。お前は先輩の息子だ。やらないで後悔するな」

 小谷先生の言葉を聞いて、声を出しそうになる。手で口を塞いだ。

「父さんがプレイしていたチームに入るのが、夢なんだろ? ずっと頑張ってきたんだろう? お前なら、できる」

「先生」

「先輩……お父さんのためにも、お前の夢を、俺も諦めたくない」

 小谷先生が以前いっていた、憧れの先輩の話を思い出していた。
 まさか。それって、もしかして。

 お父さんの話をちゃんと聞いていれば良かった。もしかしたら、もっといろんなことが分かったかもしれないのに。

 小谷先生が、和泉くんの頭をぐしゃっと撫でたところが見えた。そして急に大股で方向転換し、こちらに歩いてきた。そして思いっきり見つかってしまった。

「……なにやってんだ、お前」

「あっうっ」

 顔の前に人差し指を立てて、自分がここにいることを黙っていて欲しいジェスチャーをしたけれど、小谷先生には通じなかった。

 小谷先生は、和泉くんにしたように、わたしの頭をぐしゃっと撫でた。

「俺の憧れの選手は、あいつの父さん。天田一俊。仙スパのエースだったひとだよ」

「……知りませんでした」

「苗字の偶然の一致ってあるからな。鈴木も知らなかったみたいだし。タロは知っていたけれど、あれこれ言いふらすような性格じゃないしな」

 いい友達を持ったな、お前たち。そう言い残し、小谷先生は長い足であっという間に体育館へ行ってしまった。