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「タロがピリピリしている」

 授業終了のチャイムが鳴って、フラフラとわたしとのところへ来た亜弥が呟いた。これで3日連続。
 タロちゃんがピリピリしている間、亜弥はフラフラしている。

「時期的にね。そうかもね」

 ふたりで頷いた。たしかに、朝と帰りの挨拶だけして、休み時間もどこかへ行っているし、放課後はすぐ部活へいく。

「地区予選、来週だもんね」

「いまのあいつ、話しかけにくい」

「黙っていると、怖いよね」

 あんなにピリピリしていたんじゃ、授業も上の空だと思う。仕方がないのかもしれないけれど。
 海英は、宮城県内の高校バスケ強豪校で有名で、1年で即戦力として試合に出るタロちゃんはさすがだ。そしてプレッシャーも凄いと思う。この間の県外遠征でもスタメンで起用されたのだそうだ。

「1年の俺が出たから、だから負けたんだって言われたくない」

 帰ってきてから、そう言っていたことを思い出す。

 タロちゃん、本当にバスケが好きなんだなぁ。この間の、仙スパ選手サプライズ訪問があってから、更にがんばろうという気持ちが強くなったのだろう。

 あと、亜弥はタロちゃんのことが心配で仕方がない。眉毛を八の字にして、タロちゃんがダッシュで出ていった教室出入口のほうを見ている。

「帰り、練習見ていく?」

 亜弥に提案すると、首を横に振った。

「いい。邪魔しちゃ悪いから」

「そっか」

 わたしは、ちょっとだけ見て帰ろうかな。
 もちろん、話しかけたりはしないけれど。タロちゃん、亜弥が見に来ると喜ぶんだけれどなぁ。
 教室にいるとソワソワして仕方がないから、先に帰るという亜弥に手を振り、わたしも帰り支度をして教室を出た。

 体育館へ向かう通路を歩く。

 あまりギャラリーが多いと練習に集中できないと思うので、もし人数が多かったら引き返そう。とはいえ、男子バスケは女子生徒に人気があって女の子が見ていない日はない。

 先輩たちとか、格好いいもんなぁ。先輩といっても、喧嘩売ってきた人たちのことではなく。

 体育館が近付くにつれ、床にバスケットボールが弾む音と、シューズが擦れる音が聞こえてくる。

 体育館のあちこちにある扉が開かれているけれど、女子生徒の姿は数人。これなら少しの時間、練習を見ることができるかな。

 体育館の手前に用具倉庫にさしかかったとき、人影が見えた。人数はふたり。どちらも長身。なんとなしに見ると、ひとりは小谷先生だった。

 話し声も聞こえる。立ち聞きするつもりはなかったのだけれど、思わず耳をそばだてる。気付かれないよう、足音を殺して近付いた。