お父さんの職場は海の近くにあった。

 津波が地面を削り取るように押し流していったあとは、現実とは思えない有様だった。

 水が引いてから、親戚のおばちゃんや、いとこと一緒にお父さんを探しに出かけた。もう遅いと思っていたけれど、黙っていた。変なことを言うなと怒られると思ったから。

 みんな、お父さんは生きている、どこかにいるって言うから。

 淡々と、時間が流れ、淡々と探す。ひとの命を、姿を探す。余計なことを考えたり言ったりすると、みんなのなにかが崩れそうだったから。わたしは黙った。淡々と、大人たちを見ていた。

 車は見つかったけれど、中は空だった。そして、携帯があった。車を捨てて逃げようとしたのかもしれない。発信履歴はわたしとお母さん。きっと回線が混雑し繋がらなかったのだろう。何回も、何回もかけていたようだった。

 そしてたぶん、津波に飲まれた。お父さんは、どこかへ、行ってしまった。

 あの日、心の中がゼロになった。世界が欠けて色が抜けた。家族という形の一角を失うと、こんなにも悲しく心が重くなるのだと、苦しかった。

 見上げた空は曇っていて寒かった。停電が続いて、夜は満点の星空。死んだらあそこに行く? そんなこと誰も信じない。

 遺体もなにもない。お父さんの存在が消えてしまったみたい。亡骸がどこにいるのかも分からない。
 ひょっこり帰ってくるのだと信じて、待っていた。

 次の日も、その次の日も。ずっと、ずっと。待っていた。

 そのうち、お母さんがおかしくなり始めた。

「もうすぐ帰ってくるから」が毎日続いた。


「今日、残業なんだって」

「日曜、お父さん仕事だって」

「お父さんが帰ってきたら、顔を出してね」

「お父さんにもお土産買って帰ろう」


 最初はわたしも同意していた。

 分かっていた。お父さんはもうきっと帰ってこない。存在を消してしまわずにいたい気持ちも理解できたから。

 お母さんは、食事を3人分用意し始めた。唐揚げもハンバーグも焼き魚も、3人分。

 残ったひとり分を、次の日お母さんが食べているのを見て、たまらず、わたしはトイレで吐いた。