「ねぇ、お母さん」

「なあに? ほら、着替えてきなさいよ」

 テーブルの上には、家族分の食事が用意されている。今日のメニューはアジフライ。ひとり2枚ずつで計6枚。

 お母さんとわたし、そしてお父さんの分。振り向いたお母さんの笑顔は優しい。

「お父さんはさ、死んだよね」

 わたしを見る優しい眼差しが一瞬にして翳る。お母さんは首を傾げた。

「なにを言っているの?」

 後悔している。一緒に観戦に行けばよかった。お母さんも一緒に3人で、家族で行けばよかった。


「会社から戻るって連絡くれて、それから大津波が襲ってきて。連絡が取れなくなった。あの日から帰ってこないよね」

 静かに、頭の中でしか考えたことのない言葉を、口に出した。いままで言えなかったことだった。

「麻文。やめて」

「帰ってくるね。残業みたい。遅くなるみたいね。お母さんは、たくさんの、お父さんを待つ理由を言ってきたね」

 お母さんの唇が震えていた。でも、わたしは止めない。

「わたしも、受け入れたくないけれど、ねぇ、お母さん。お父さんは死んだよね」

 自分で言葉にするのは初めてだった。わたしは、自分にも「お父さんは死んだ」と言ったも同然だった。

「おとう、さん、は」

 お母さんの目は赤くなり、瞬く間に涙が溢れる。暗い穴みたいな目から涙がポロポロと零れる。

「待っているの。ずっと待っているのに……」

 お母さんは、飾られた写真を見て、ぽつりと言う。