「明日、天田和泉を体育館に連れて来てくれ」
「和泉? なんですか、また話をするんですか?」
タロちゃんは気乗りしない暗い声を出した。
度重なるバスケ部への勧誘か説得か、もうたぶん和泉くんは聞く耳を持たないのかもしれない。
「そう暗い顔するなって」
「だって、俺しつこくてあいつに嫌われちゃうよ」
なんか、意外だった。とはいえ、知らないところでタロちゃんも和泉くんと話をしているのだから当たり前か。タロちゃんがわたしと亜弥に言わないだけだ。
「明日、来客があるから、和泉にも会って欲しいと思って」
「来客? 誰ですか」
「それは言えないけれど、とにかく、体育館に連れて来て欲しい」
言えないのに連れて来てくれだなんて、ずいぶん乱暴だな。
「ああ、でも和泉くんは……」
バイトと言いそうになって、口を閉じる。黙っていてと言われているからベラベラ喋るわけにはいかない。でも、冷静になって考えれば、バイトは学校の許可がいる。それならば小谷先生が知らないわけはない。
「なんだよ」
「なんでもない」
言いかけてやめたので、タロちゃんが訝しげにわたしを見る。ここで知らないのはタロちゃんだけかも。
「俺が言ってもたぶん来ないから、お前らが誘って連れてきてくれよ」
小谷先生の言葉に、タロちゃんの興味は逸れた。ちょっとほっとする。
「俺もだめかも。声かけたら絶対いやだって言うもん。あいつ」
「そうか。じゃあ吉川、よろしく」
ふたりは同時にわたしを見た。
「えっ。なんでわたし一任なの?!」
変な汗が出てくる。どうしてこうなるの?
「だって、吉川と和泉、一緒に帰る仲だろう」
「そうですよね」
「用事があって帰っただけなので……」
一緒に帰ると言っても用事があったからだし、ふたりが思っているような仲ではない。それこそ余計な事態に発展しそうなので黙っておくけれど。
「重荷だし、和泉くんがわたしのいうことを聞いてくれるかどうか分かりません。責任持てません」
こんなお願いをするということは、大事な用件なのだろう。ただ、深刻な内容じゃなさそうだけれど。だって先生はなんだかニヤニヤしている。
どういうことだろう。なにがあるのかな。
「先生、いったいなんですか?」
「これ以上は言えない」
「ほぼなにも言ってないのに!」
わたしが抗議すると、タロちゃんは「任せた」と言って胸をなで下ろしている。
「じゃあ、よろしくな」
話は以上だと小谷先生が言うので、タロちゃんとふたりで職員室を出た。



