未完成のユメミヅキ


 和泉くんと並んで、駅に向かって歩き出す。

「ごめんね。バイト中なのに」

「いや。すぐ戻れば問題ない」

 ここへ来た時と同じように、無言のままで移動することになりそうで、それはちょっと嫌だった。せっかくふたりでいるのに。だから、まだ言えていないことを伝えようと思った。

「この間は、ごめんなさい」

 雨の日のこと。

「勝手な思いばかり押し付けて、事情もしらないくせに。ごめんなさい」

 頭を下げた。すると、和泉くんが肩を押して「やめてくれ」と言う。

「俺も、ごめん」

「和泉くん……」

「どうしようもできなくて、苛立って八つ当たりしたようなもんだ。ごめん」

 ふたりで頭を下げる。そのあと、目が合って、ふっと微笑んだ。ちゃんと、謝ることができてよかったと思う。

「涼子さんと、なに話したの?」

「うん、学校のこととか、いろいろ」

 和泉くんがなにを聞きたいのかは分かった。涼子さんとなにを話したか、気になるのだろう。

「俺のことは、なにか聞いた?」

 やっぱりそうだ。

「うん、まぁ。少しだけ」

「余計なこと言ったな、涼子さん」

 また余計って言った。そんなに、わたしを和泉くん自身から遠ざけたところに置かないで欲しい。そりゃ、知り合って間もないから仕方がないのだろうけれど。

「そんなことないよ」

「なに聞いたのか分からないけれど、俺は大丈夫だから。平気」

 和泉くんは強がりだ。けれど、それはいけないことじゃない。お母さんを、家族を守るため。

「もう、本当に。バスケは辞めたから」

「和泉くん」

「やけくそになっているわけじゃないよ」

 弱く笑って、ため息をついた。

「みんなに迷惑をかけてまで、自分の夢を叶えたいとは思わない」

 きっと、和泉くんのまわりの人たちは、諦めることを望んでいない。


「もう、いいんだ」

 こんな悲しい笑顔を、わたしは見たことが無い。

 いろんな理由で夢を諦めるひとがいる。情熱があっても、才能、金銭問題、物理的な問題。
 子供でも大人でも、男性でも女性でも。

 わたしは追い求める夢は無い。だから、和泉くんとタロちゃんが眩しかった。バスケで、将来を夢見ている。だから、応援したかった。

 ただでさえ平凡なわたしの日常がついに色を無くした。そしてなにもない日々に、和泉くんという色が落とされた。あの時から、わたしの世界は色付いた。

 それなのに。

「じゃあ。また学校で」

「うん。またね」

 駅まで送ってくれた和泉くんに手を振り、改札を通る。


 どうしてわたしたちは、無力なのだろう。大人だったら自分の力でなんとかできただろうか。

 もっと自分が強くて、いろんな知恵があり行動力もあったなら、和泉くんを支えることができたのだろうか。

 どうして、いまわたしは16歳なんだろう。
 悔しくて、涙が出た。

 ホームに吹く風は、近くの海から上がってくる。潮風の匂いは、切なくなるだけ。

 いろんなことを思い出して、胸が苦しい。

 苦しくても息をしないと、沈んでしまう。このままではだめなのだ。