未完成のユメミヅキ

「父親は、和泉がまだ小学生のときに亡くなったの」

 やっぱり。わたしは目を閉じる。

「和泉を迎えに行こうとして、津波に飲まれて」
 
 想像はしていたけれど、衝撃は体を走り抜ける。受け止めたつもりでも、やはり辛い。どうしてもうっすら目に涙が溜まる。

「麻文ちゃん。大丈夫?」

「はい。大丈夫です」

 唇を噛みしめた。悲しいのは私じゃない。苦しいのは、和泉くんなんだ。ここで泣くのは違う。

「家のためにバイトして、だから部活はできない。あんなにバスケが好きで、しかもあの子、才能があるのに。バスケをしたくて海英高校に入ったのに」

 わたしは小さく呼吸をした。胸が痛くて、さっきまで二個目のロールケーキを食べるつもりでいたのに、もう入らないと思う。

 やっぱり、和泉くんはバスケを好きなんだ。

「あの子は突っ張っているだけ。本当はバスケ続けたいの。あの子の母親だって、バスケを続けるように言っているの。状況的に難しいのかもしれない。和泉は、自分が頑張らなくちゃと突っ張って。それがわかるから、周りの人間がなにも言えなくて……」

 涼子さんは額に手を当てて俯く。

「わたしたちは、和泉を見守りたい。家族だから」

 和泉くんのお父さんがいなくなって、残されたわたしたち。和泉くんと、お母さんと、涼子さん。みんなが繋がって生きていかなくちゃいけない。

「麻文ちゃん、和泉を嫌いじゃなければ、力になってあげて欲しい」

 返事の代わりに、わたしは頷いた。どこまでできるか分からないから。自分が、どこまでできる人間なのか分からないから。

「わたし、家族じゃないですけれど、小さくても、力になりたいです」

 できることなど、たかが知れているかもしれない。

 繋がるなら、細い細い糸でも、和泉くんと繋がっていたいと思う。任せたから、なんて、そんな重い言い方をしない涼子さんは優しい。

「うちも、同じなんです」

 涼子さんは、首を傾げた。たぶん、言っている意味が分からないのだと思う。わたしのことは、いまここではなにも言わないと決めていたから。

 和泉くんを知り、彼を想像して思うことで自分の意味を見てきた数年間が、わたしにはあるんだ。


「いいえ。なんでもありません」

 優しい光を湛えた涼子さんの目。和泉くんに似ている目。そしてお母さんにもきっと。ふたりで静かに微笑んだところに、掃除を終えた和泉くんが顔を出した。