「ちょうど客足も切れたからね」
涼子さんはそう言って、片目を瞑る。
「和泉に優しくしてくれてありがとうね」
「……いえ。わたしはなにも」
「お友達を連れてきたのは、麻文ちゃんが初めて」
「そう、なんですね」
だって、和泉くんはここでバイトをしていることは黙っていてくれって言っていたから。きっとタロちゃんも知らないんだと思う。
「和泉、なにも言わないけれど、ちょっと聞こえちゃったの。日曜日、言い争いをしてたよね」
心配そうな涼子さんの視線。和泉くんの叔母さんであり保護者であり、よく見ているのだと思う。
「わたしが、悪いんです。和泉くんが嫌がることを言ったから」
「でも、今日一緒に来たってことは、仲直りしたのかな」
「仲直りっていうか、どうなんでしょう」
涼子さんがにっこり笑う。和泉くんに似ていて、ということはお母さんもこんな感じなのだろうな。心が温かくなる笑顔をしている。
「でも、嫌われたと思っていたので、今日誘われて、ちょっと安心しています」
「麻文ちゃん、素直ねぇ」
ふふっと笑う涼子さん。褒められているのだろうか。よく分からないので、カフェオレをひとくち飲んだ。ミルクで柔らかくなった香ばしい香りが鼻から抜ける。
「和泉が嫌がることって、バスケのことかしら」
「……そうです」
涼子さんはなんでも知っているのだと思う。なんとなく、小谷先生みたいな雰囲気がある。
「和泉に怒られるかもしれないけれど、話すね」
きっと、話をするために、今日はここへ呼ばれた。なにを聞かされるのかは分からないけれど。
窓際の席なので、景色が見える。今日は晴れていて、空がオレンジ色に染まっていた。
微かについた涼子さんのため息。静かな店内。目の前のカフェオレ、ロールケーキの甘い香り。
「あの子の母さん、わたしの姉だけど、ここ数年の無理が祟って体を壊してね。いままで入院したこともあって、もちろん治療費がかかるわよね。だから、あの子、ここでバイトすることにしたのね。他で働くよりここのほうがわたしも姉さんも安心するし」
そこまでの話でなんとなく察したわたしは、少しだけ身構える。
和泉くんのお母さんが、ここ数年無理をしてきた。それはなぜか。答えは、想像できることだった。



