「おい、まふ。呼んでる」

 後ろから声をかけてきたのはタロちゃんだった。

「え?」

「あっち。待っているって」

 教室の出口を指さすので、視線を移動させると、背の高い後ろ姿が扉に寄りかかっているのが見える。

「い、和泉くん」

「いつの間に、お前ら」

 タロちゃんに冷やかされると思ったけれど、ちょっと不思議そうな顔をしていただけだった。

「違うの。ちょっと色々あって」

「いや、べつにいいけどよ」

 放課後の解放感が教室に充満しざわつくクラスメイト達。なんとなくタロちゃんと一緒に和泉くんのところへ行く感じになった。タロちゃんはスポーツバッグを持っていて、部活へ行く準備万端といった感じだ。

「和泉くん」

 声をかけると彼は振り向いた。わたしの隣にタロちゃんがいるのを見て「よお」と声をかけた。

「タロ、ちょっと借りるね」

 和泉くんの言葉の意味が分からない。どういうことだろう? タロちゃんも変な顔をしている。

「あ、ああ。俺んじゃないからどうぞ。煮るなり焼くなり好きにして」

「いや、タロちゃん……」

 タロちゃんはニヤニヤしていて、わたしは顔を赤くして。和泉くんは首を傾げている。タロちゃんのスポーツバッグに揺れるキーホルダーに気付いたみたいだった。

「これから部活?」

「ああ」

 ふたりが言葉を交わすのを間で見ていた。わたしが知らないここの関係と思い出が中学時代からあるのだ。

「インターハイ。地区予選がもうすぐだから」

「そう、なんだ」

 ほら。和泉くんの空気が変わる。タロちゃんは分かるだろうか。タロちゃんは「じゃあ、俺行くわ」とスポーツバッグを肩に担ぎ直す。

「和泉」

 タロちゃんは、和泉くんを真っ直ぐ見て、言葉をかけた。

「小谷も俺も、いつでも待っているって」


 それだけ言って、タロちゃんは行ってしまった。

 いまのやり取りで、わたしにも分かることがある。希望があって前向きなことだけれど、それは和泉くんのまわりだけ。中心にいる本人は、辛くて苦しい。

 それが、なぜなのかは分からないけれど。

 和泉くんを見ると、頭を掻いて苦笑していた。

「行こうか」

 廊下に散らばる生徒を縫って歩く和泉くんの背中を追いかけた。