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 体温計に表示された『37.2』という数字をじっと見て、お母さんが「うーん」と唸った。朝食にお粥を食べたあとだった。

「念のため、今日も休みなさい」

「……大丈夫なんだけどなぁ」

「微熱あるでしょ。無理しちゃだめ。学校に電話しておくから」

 たしかにちょっと微妙な体温だ。自分の平熱がどれくらいなのか分からないけれど、そこはお母さんが微熱と判断すれば従うしかない。

 自分で額を触ってみて、特に熱っぽさも無いし頭痛も無い。熱が下がったから怠さも取れた。

「麻文は小さい頃から環境が変わると体調を崩す子供だったから、想定内だけれどね」

「自覚はあるよ。高校生も大変だね」

「言うことは一丁前だね。中学のときも熱出してそう言っていたような気がするけど」

 お母さんはふふっと笑って、体温計をケースに仕舞う。全然覚えていないけれど幼稚園や小学校のときもそうだったのかもしれない。

「亜弥とタロちゃんが心配して連絡くれたんだった。返事しないと」

「ほんと、麻文はいい友達持ったわねぇ。美人だしイケメンだし」

 美人とイケメンだということがお母さんの中で大いに加点ポイントになっているのだと思うけれど、友達を褒められると気持ちがいい。

「うん。ふたりともすごく良い子」

 ふたりを思い出すと、心がほこりと温かくなる。
 自分も、ふたりにとってそんな存在になりたいと思うのだ。

「友達を褒められるっていいことよね。高校で新しい友達も増えるでしょうし」

 そう言ってお母さんは椅子から立ち上がり、流しに食器を片付ける。小谷先生と同じ事を言われて、嬉しくなった。

 新しい友達。真っ先に存在が思い浮かぶのはやっぱり和泉くん。

 わたしの中で、憧れと同級生と友達の全部が詰まっている存在だった。
 想像して遠くから見ているだけだったものが急に距離を縮めると、光も影も鮮明になって見える。
 物体も物事も、そして人間も同じなんだなぁと思う。

 部屋に戻ると、携帯を取り出して亜弥とタロちゃんに連絡を入れた。

『念のため、今日も1日休むことになったの。明日から学校行くよ』

 時間的に、もう登校して授業開始を待っている頃だと思う。案の定、亜弥からすぐに返事が来た。

『大丈夫? お大事に。まふがいないとつまらん』

 ぶつ切りでぶっきらぼうな感じの文章もいつも通りで、むしろ安心する。わたしが休んでも、同じクラスにタロちゃんがいるから大丈夫だなって思う。