「またバスケをやりたい気持ちがあったらやればいいし、怪我をしているわけでもないのなら、勿体ないよ」
そこまで言うと、和泉くんは顔をあげる。厳しい目をしていた。
「まふちゃんに、なにが分かるの」
薄く開いた唇は、静かに、冷えた言葉を吐く。
「簡単って言ったけど、俺の判断、簡単にしているように見えるってこと?」
「ち、違うけれど、だって、才能があるのに」
「現実のほうが大事だろ。才能がどうとか、才能だけで腹は膨れないんだよ」
暗くて刺々しくて、悲しい。どうしてそんな風に言うのだろう。
「小谷もタロも、きみも。俺にバスケ、バスケって……」
まるで吐き捨てるみたいに言う。こんな和泉くんは知らない。とても悲しい姿だと思った。
「もう、関わらないで。鬱陶しいから」
声が震えている。関わらないで、と言いながら、悲しそうな顔をする。駅のホームで『ごめん』って言ったときと同じ。
「そんな……和泉くんを中学から知っている小谷先生もタロちゃんも、思っているよ。凄い選手なのに、勿体ないって」
「もう辞めたんだって。何度も言わせないでくれよ」
和泉くんは傘を閉じて、店に戻って行った。ドアが閉まりきらないうちに彼のあとを追う。
店に戻った和泉くんに涼子さんが声をかけている。紙袋を彼に渡すところだった。
「和泉、このタッパー持っていって。姉さんと夕飯にしてね」
「すみません。いつも、ありがとうございます」
聞こえてきたのはそんな会話だった。涼子さんがいう姉さんとは、和泉くんのお母さんのことだろう。
話が途中だ。彼の背中がとても自分を拒絶しているようで悲しくて。こっちを向いて欲しかった。
「じゃあ、じゃあ、どうしてキーホルダーを欲しいって言ったの?」
勝手に口が動く。
「頑張れるって言うから。バスケのことなのかと思ったの。それなのに、辞めたって言うし」
振り向いた和泉くんの目が驚いて見開かれていた。濡れたように光っている。和泉くんの向こうにいる涼子さんと目が合う。ふたりにすっと視線を走らせたあと、音もなく奥へ入っていった。
その気配を感じ取ったのか、和泉くんはわたしの横をすり抜けて客用のテーブルを拭きにいく。