それに、わたしにはずっと心に住むひとがいる。この高校に入った理由でもある。
頭の中で、中学時代に3人でよくしていた会話が思い出された。
『汐丘中にいるシューティングガードにさ、凄いやつがいたんだよ』
『タロちゃんより凄いの?』
『タロ、麻文はバスケのルールいまいちわかってないから』
『俺も凄いポイントガードなの。でも、そいつも凄くて止められないんだよ。速くてさぁ』
最初は、ただの興味だった。
どちらの男子バスケもレベルが高いから、松岡中と汐丘中の練習試合がよく組まれるらしく、タロちゃんとその『凄いやつ』は自然と話すようになったらしい。
『話してみたら、いいやつだった』
タロちゃんがいいやつって言うなら、きっとその通りなんだろうな。
『俺と同じぐらいの伸長かなぁ』
じゃあ180cm近いね。まだ成長しそう。
『試合中ににらみ合いになってさぁ。あの大きな目で見られるとちょっとビビる』
大きな目をしているんだね。
『高校、海英に入ると決めてるんだって。同じバスケ部になるんだろうなぁ』
そうなんだね。そうなんだね。相槌の回数が増えるたび、心も踊った。
話だけでわくわくして、ときめいた。つまらない日々に光が差したみたいに、湧いた感情だった。
そしてある日、小さくしか写っていない「凄いやつ」の写真を見た。
『これこれ、こいつ』
試合の最中で、少しブレている写真だったけど、ユニフォームを着ている姿が写っていた。長い足で駆けだす瞬間、きりっと前を向いた大きくて意志の強そうな目。それが印象的だった。
胸に、すっと入り込んできたんだ。
わたしが海英高に進学を決めたのは、男子バスケ部で活躍するその『凄いやつ』に会いたかったから。実際に動いているところを、見たかったから。中学時代にできなかったそれを叶えるためだ。この理由は秘密だ。誰にも言っていない。
もちろん、タロちゃんと亜弥と一緒にいたかったことも大きいのだけれど。
高校に入学してまだひと月経っていない。クラスが別なのは分かるけれど、わたしはまだ、彼のことを知らない。