「バスケ、辞めたって」

「そう。だから、バスケ部には入らないそうだ」

「辞めたって、なんで……」

 中学時代はエース。高校もバスケの強い海英高で、バスケをやるために来たのではなかったのか。

「理由は、自分で聞きなさい」

「先生、理由を知っているの?」

「教師の立場として、生徒のことあれこれ喋るわけにはいかないよ」

「そう……ですよね」

「お前のことだって、他のやつにペラペラ喋らないよ。俺は」

 小谷先生の言葉に、小さく溜息をついた。その通りだった。

「先生も、和泉くんのこと凄い選手だと思っていますか?」

「思っているよ。まぁ、正直、辞めるなんて惜しいんだよ。タロとふたり、うまいこと育てたいなって感じ。イケメンだし」

 イケメンなのは関係ないのでは。でも、才能を認めてくれている。それなら尚更、先生が言うように、惜しいのだ。

「そうですよね……わたしも和泉くんのプレイを見たい」

「お前も、バスケが好きか」

「ルールをよく知りませんけれど」

「まじか。まぁでもそういうのも嬉しいけれどな。そのスポーツのルールをよく知らないけれど見るのは好きってやつ」

 ルールを知らないミーハーでも馬鹿にしないのも、小谷先生のいいところだなと思う。

「タロちゃんが、中学時代から和泉くんのことを聞かせてくれていて。凄いやつがいるんだよって。わたし、勝手に憧れて想像して楽しんでいたんです」

 小谷先生は「ふうん」と言って笑った。

「入学して、体育館でシュートを打っている和泉くんを見かけました。凄く綺麗だったなぁ」

 あのシーンは、レアだったのかもしれないなと、いまになって思う。
 二度と見られないのかな。

「吉川のいいところで、応援してやれよ。天田のこと」

「……はい」


 小谷先生は重そうな本を軽々と持ち、仙スパキーホルダーが揺れるペンケースをジャージのポケットに突っ込んで、立ち上がった。

「じゃあ、俺もう行くから。遅くならないうちに帰るんだぞ」

「はぁい」

 ちょうど図書室に入ってきた生徒と挨拶を交わし、小谷先生は出ていった。

 溜息をついて、まだ窓枠に引っかかった状態で外をながめた。
 外は、夕焼けに薄く青色を混ぜたような景色になってきていた。もう少ししたら青が濃くなり暗くなってくるだろう。

 応援してやれよと言われても、自分になにができるのだろうか。

 溜息をついて体を起こし、窓を閉める。ここでいつまでも窓枠に引っかかっていても、暗く落ち込んでいくだけのような気がする。

 帰って、なにか手芸をしよう。お母さんになにか作ってあげようかな。別なことに集中したほうが、気分転換になる。

 机にただ広げただけの教科書とノートを閉じて、帰り支度を始めた。