「……引退したとき、悲しかったですか?」

「原因が怪我で、思うようにできなくなって、悲しいというよりも絶望したよ。バスケのためにいままでやってきたのに、できない。あれはきつかったなぁ。腐りそうだった」

 いまだから言えるのだろう。小谷先生は笑っている。笑っているけれど、凄く辛かったに違いない。

「腐らなかったのはなぜ?」

「家族だなぁ。嫁さんと子供もいたし」

 奥さんも献身的に支えていたのだろうなぁ。凄いな。それだけ小谷先生を信頼しているのだと思う。

「あと、チームの先輩で、俺がプロになろうと思った憧れのひとがいてな」

「へぇ」

「チームに入ってからとても世話になったし、人間的にも素晴らしい選手だったんだ。もう引退していたんだけれどチームのコーチをしていたんだ。でも、不慮の事故で亡くなってしまってな。それはまだその時は現役だったんだけど、震災後に怪我をしたんだ。亡くなったそのひとの分まで、本当は続けたかった」


 さらりと言った事実に、心臓が絞られるような感覚を覚えた。

 そんなに信頼していたひとを亡くす悲しみが先生の中にあるのだ。不慮の事故とは交通事故などだろう。突っ込んで聞くのは気が引けるのでやめておく。

「選手としてはもうできなくても、先輩の意志を継いで、バスケット選手を育てる仕事がしたいって思えたのも、家族と、その先輩のおかげだなぁ」

 遠くを見ながら先生はそう言った。



「小谷先生……和泉くんのことなんですけれど」

 なんだか、聞きたい気持ちになる。

「そうだったな。お前は天田のファンだった。いいけど、なんで俺に天田のことばっかり聞いてくるんだよ。先生格好いいですねとか、そういうの無いの」

「ありません。そういうのいいです」

 お前なぁと溜息交じりにぼやいてから、小谷先生は外を見た。

「和泉くん、バスケ部じゃなかったんですね」

「入部してないからな」

「どうして、ですか」

「お前、一緒に帰る仲なのに、理由を聞いてないのか。本人から」

 一緒に帰る仲? 頬がちょっと熱くなるのを感じたけれど、悟られないように口を尖らせる。どうやら、この間、一緒に帰るところを目撃されていたらしい。

「……先生、実はわたしのファンですね。見ていたんですね」

「そんなわけないだろ。どちらかというと天田のファンだ」

 それもなんか複雑。