「ハグは魔法だって、言ってたよな。不安な気持ちも、嬉しい気持ちも分けあえる魔法だって」
「そうそう、あの時ハマってたアニメの主人公がそんなことを言ってて影響され」

ーー突然だった。ぐいっと腕を引かれて、気づくとハルの胸の中に飛び込んでいた。
ハルの胸板は、まるでコンクリートの壁にぶつかった時のように固かった。でも、コンクリートほど冷たくはない。私の体をすっぽり覆ってしまうほど長い腕に囲われて、私は思考停止したまま動けなくなってしまった。
「ハル……? な、なにしてんの」
ドクンドクン、と鮮明にハルの心音が体に入り込んでくる。ハルはなにも言わずに、私のことを抱きしめている。

「あのときの魔法、とけてないよ」
「え……?」
「会えなかったこの五年間、ずっと」
一体どうしたの、ハル。まるで小さいときの寂しがり屋なハルみたいで、私は思わず背中をさすってしまった。
ハルは昔から、壊れそうなほどなんだか弱いときがあって、ほっとけない。
ぽんぽんと、骨ばった背中をさすっていると、ハルは私を抱きしめる力を強めた。
「ハル、もしかして、会えなかった五年で、何かあった……?」
そう問いかけると、ハルは今にも消えそうな声で呟いたんだ。
「親が離婚した。昨日、成立したんだ。実は、こっちに戻ってきた理由も、それが原因」
ハルの両親が離婚していたなんて、全然知らなかった。元々ハルの両親とは滅多に会うことがなくて、ハルを送る帰り際に、ちらっと見かける程度だった。
「そうだったんだ……」
……ハルは、あんまり強い人間じゃないことを、私は知っている。昔から、家族と喧嘩すると、私の元にすり寄ってきて、人の体温で安心を求めるような子だった。
ハルは、誰よりも寂しがりだから、だからお願い、ハルを愛する人はずっとハルのそばにいてあげてください。そんなことを、私は小さい頃から祈っていた。
十四歳のハルの背中は思っていたよりも広かったはずなのに、今はとても小さく思える。
ハル、私は、何ができるかな。ハルのために、何ができるかな。
小学生の頃とちっとも変わっていない。こんなとき、私は今も、ハグの魔法しかできないんだ。子供騙しな慰め方しか、できないんだ。
幼い時みたいに、胸の中で何度も唱える。

ハル、私は、ハルの味方だよ、と。
バカみたいに、何度も。




「ハル! お前なんで大道具係にしたんだよー。一番めんどくせぇやつじゃん」
「うるせー、羽田も手伝え」
ハルが来てからあっという間に一年が経ち、中学三年生になった私達は、最後の文化祭の準備に追いやられていた。
今私たちは、道具係だけが放課後残って、教室の飾り付けの準備をしている。食品を扱った出し物はNGなので、毎年謎解きやボーリングやお化け屋敷など、決まったテーマの中でしか選べない。
私達はお化け屋敷担当で、一番道具の準備が大変なものを任されてしまった。
そして私も今、小道具係として放課後残っている。最初、何をしていいか分からなかった私だけど、勇気を振り絞ってクラスの子に話しかけると、一緒にガイコツのオブジェを作ろうということになった。
「ありがとう、混ぜてくれて……」
「ううん、早く終わらせよう」
私は無事、美術部である小木さんたちのグループに混ぜてもらうことになった。堀田さんが私に話しかけてくれるようにってから、本当に少しずつだけど、クラスの子と会話ができている。ささやかだけど、ずっと無視されていたあの一年より、ずっとマシだ。
床にシートを敷いて、教室の隅っこで紙粘土を捏ねていると、ふっと視界が暗くなった。見上げるとそこには、ハルがいた。

「冬香、何作ってんの、それ」
「あ、一応ガイコツ……」
「嘘だろ、全然骨格ちげえじゃん。小木さんの見てみろよ」
ハルはその場にしゃがみ込んで、捏ねていた紙粘土を私から奪い取った。確かに、隣で作っている小木さんのガイコツの方が、私の数倍リアリティがあって上手い。
「さすが美術部だね」
ハルの言葉に、小木さんは照れ臭そうに俯いて、そんなことない、とやっと聞き取れるほどの声で呟いた。綺麗に編み込まれた三つ編みが、小木さんの赤い顔を隠していた。