ハルは、私の家の隣のマンションに戻ってきた。小さい頃は公園や、両親が共働きの私の家でよく遊んでいた。
だから、ハルが家に来ることには慣れっこで、あの時の日常が、五年ぶりに今戻ってきていた。
「ハル、また家抜けてきたの」
「よ、お前の家相変わらず誰もいないな」
「お母さん、ハル戻ってきて喜んでたよ。今度会いたいって」
ハルとは学校ではあまり話さないが、放課後は、共働きの私の家に集まって、一緒に映画を観るようになった。
ちなみにハルは部活に入らなかった。ハルがバスケ部に入るなんて嘘を堀田さんに言うから、女子バスケ部入部希望者が増えてしまった。
それに、スマホも持っているし、メッセージアプリも頻繁に使っていた。だけど、クラスメイトとは一人も交換していない。
なぜこんなに、息を吐くように嘘をつけるのだろう。こんなに顔色一つ変えずに。
リビングのソファに偉そうに座ったハルの顔を、まじまじと地べたに座って見つめていると、なんだよ、と頭をぽこっと叩かれた。

「ハル、すごい人気だよ。凄まじいね。いつもお菓子もらってるし」
「なんだよ、お菓子羨ましいのか」
「ううん、嬉しい。ハルが色んな人に愛されてて」
「嬉しい? それだけ?」
「え、それだけって?」
「なんだよそれ」
俺は何も嬉しかねぇよ、と言って、ハルは乱暴にDVDの蓋を開けた。ハルの手はDVDの蓋を楽に開けられるくらい大きくなっていて、一々ふとしたことに成長を感じてしまう。
DVDをセットし、再生ボタンを押すと、いつもの映画のロゴマークが画面に浮かび上がって来た。
私は床に、彼はソファに座っている。距離はわずか三十センチほどだ。
画面が黒くなると、真剣な顔をしたハルが写って、一瞬ドキッとしてしまう。

「……お前さ、あんまり友達いないの?」
突然、なんの前触れもなくハルが問いかけたので、私は硬直してしまった。
「堀田ってやつは、お前の友達なの?」
なんでハルは、そんなこと聞いて来るんだろう。三ヶ月も経てば、私がクラスでどんな存在なのかはハルにも分かってしまっただろう。
「と、友達は、少なめ……」
そう呟くと、ハルは静かに、そうかと返した。そうかって、そんな反応ならなぜ聞いた。
「大丈夫だ。冬香には俺がいるから」
「ハルだけがいてもなぁ……」
「俺は人気者だから、ひとりで友達百人分の効果だぞ」
「なにそれ、バカじゃないの」
そう呆れて言うと、はは、と彼は静かに笑った。ハルは、たまになんだかすごく大人みたいな笑い方をする。
それは良い意味ではなくて、なんだかハルがすごく遠く感じるような、そんな笑い方なんだ。
「ねぇハルは、どうしてクラスの皆に、連絡先教えないの?」
そう問いかけると、画面越しのハルは乾いた笑顔のまま答えた。
「誰も信じてないから」
「え……、なにそれ」
「なんて。卒業まであと一年半だろ。受験の妨げになりそうだから教えてない」
「そう……、なんだ」
誰も信じてないって、どうしてそういうことを言うのだろう。私のことを信じてないと言われたような気がして、なんだか寂しい気持ちになった。
これから気になっていた映画を観るというのに、こんなにざわついたままじゃ集中できない。そんな私を察したのか、ハルはDVDを止めて、さっきのセリフに一言付け足した。
「信じるものは、最小限にしたいんだ。その方が、傷つかないだろ」
「最小限って……」
「ところでお前、なんでタオルケットなんか羽織ってんの?」
いつもの習慣で、映画を観るときはタオルケットを羽織ってしまう。今までハルの前ではやったことはなかったが、今日はついくせで羽織ってしまった。
私は顔を赤くしながら、「これだと集中できるの。ほっといて」と言って、そっぽを向いた。
「……よく、ダンボールの中で映画観てたな」
「うん、よく覚えてるね。まだカッター使えなかったから、ハサミで切るのがすごく大変だったよね」
ハルの家は、中々外に遊びに行けないルールがあって、ハルは映画館で映画を観たことがなかった。そんなハルに映画館の雰囲気を知って欲しくて、二人でこっそり作ったんだ。
「……冬香は、ちゃんと覚えてんの? 映画観終わったあとは必ず、ハグしてたこととか」
「はは、そんなこともあったね。映画だけじゃなくて、ハルがお母さんと喧嘩して泣いてるときとかも……」
そこまで言うと、ソファに座っていたはずのハルが、すとんと床まで降りてきた。私のすぐ真隣に来た彼は、タオルケットをそっとおろして、じっと私の顔を見つめこう言ったんだ。