「因みにもっちーは、撮ってみたい作品とかあるの?」
「え、私が?」
 麻理茂の言葉に、私は思わずスケジュール帳に書き込む手を止めた。
「ほら、今回の撮影は、もっちーほとんど台本通りに撮ってくれたじゃん。何か影響されたカット割りとかないの?」
 私が撮ってみたい作品なんて、考えたこともなかった。
 影響された映画は沢山あるけれど、自分の撮影に活かそうとは思っていなかった。
 だって、ヨージは面白い脚本が書けて、麻里茂は地のセンスが良くて、東堂は編集の知識が豊富で、ド素人の私が口出しできるようなことはないと思っていたから。
 “正解”は皆が知っているはずだから、自分から何か発信しようなんて考えてもみなかった。
「皆で意見出し合って、いい作品作っていこう」
「うん、そうだね。思いついたら言うよ」
 自分の意見が他の人と違うことをこんなにも恐れてしまうのは、中学時代の自分を引きずっているからなんだろう。
 ふと、福崎さんに面と向かって言われた言葉が蘇る時がある。
 『自分の考え信じ切ってるところまじでウザいんだよ』という、あの言葉が、今でも私の本音を封じてしまう。
 自分のそういう部分が、福崎さんの怒りにあそこまで火をつけ、実際に事件に繋がった。
 私はきっと、あの日から一度も自分の中の感情と向き合えていない。
 こんなに頼れる友人ができても、私は私を曝け出すことが怖い。
 
 私は一体、いつになったらあの過去を乗り越えられるんだろう。

……昔を思い出し、思わず自分のスカートを握りしめたその時、ふと真横を猫っ毛で黒髪の男の子が通り過ぎた。
顔も見ていないのに、静電気が体に走るような刺激を感じ、私は反射的にデスクから立ち上がってしまった。
「え、どうしたの、もっちー」
もちろん、突然立ち上がった私を見て、麻里茂は不思議そうに目を丸くさせた。
私は通り過ぎた男性のすらっとした背中を見ながら、暫し茫然としていた。
「ハル……?」
いや、そんな訳ない。だって、大学の事務所に行ってハルが在籍しているかちゃんと確認したじゃないか。そこに、ハルの名前はなかったんだから。
何をバカな期待をしているんだ。
サークルの団体の人混みに紛れて、さっき通り過ぎた人は見失ってしまった。
私は首を横に振って妙な期待を振り払ってから、席に座った。そんな私にすかさず麻里茂が問いかける。
「どうしたの、知り合い?」
「う、ううん、人違いだった!」
下手くそに笑う私を見て、東堂は何か言いたげな顔をし、ヨージと麻里茂は不思議そうに首を傾げている。
変な期待はするだけ無駄だ。撮影の多忙さで、ようやくハルを思い出す回数が減ってきたというのに。
様子がおかしい私を見て、麻里茂が心配そうに顔を覗き込んできた。

「もっちー、黒髪で細くて背の高い男の人が通り過ぎると、必ず目で追ってるよね。誰か探してるの?」
「え! そんなに分かりやすく目で追ってる!?」
「うん、その後落ち込むところまでセットで超分かりやすいよ」
麻里茂の発言にショックを受けていると、それを助長するようにヨージもうんうんと首を縦に振っていた。
まさかそんなに無意識にハルを探していたなんて思わなかった。
動揺している私に、麻里茂は更に問いかけてくる。
「どんな人探してるの? 元彼とか?」
「ううん、幼馴染なの。中学の時あることで傷つけちゃってから、一度も会えてなくて」
思わぬ関係性だったのか、麻里茂は悲しそうに眉を下げてから、そっか、と小さく呟いた。
「小さい頃から友達で、ダンボールの中にね、スマホを埋め込んでミニ映画館作ってよく一緒に遊んでた」
「ああ、その子と一緒にミニ映画館作ってたんだ」
「……うん。会いたいな。また一緒に、映画観たい」
「そっか。また会えるといいね」
叶わぬ願いを呟いていると、物悲しい気持ちになってしまった。ハルはこの学校にいる訳ないんだから、諦めなきゃ。

私がハルを、突き離したんだから。

こうして友達ができても、学校に毎日通えていても、弱虫な自分は変わっていない。今も、福崎さんのように気の強い人間を目の前にすると、恐ろしくて硬直してしまう。
目をつけられたらどうしようって、心臓がきゅっと苦しくなる。
変わっていない私を見たら、ハルは幻滅するだろうか。
そんなことを思っていると、外からなんだか騒がしい声が聞こえてきた。