こんなに綺麗になるには、並々ならぬ覚悟と努力が必要だったろう。ムトーは努力のダイヤモンドみたいだ。強くて美しい。昔のムトーを知っている私からすると、その美は自分を守るための鎧にも見える。そしてその鎧は、人に見られることで益々強くなるんだろうか。
「正直カメラに撮ってもらうことに興味はある。だけどごめん、演技はできないと思うから」
「ムトー、そこをなんとか! ムトー以上の適役見つからないの」
「無理だよ無理、他当たって」
「ここのランチおごる! あと三日分!」
「生憎お金には困ってないの。家金持ちなの知ってるでしょ」
「そうだった……。今完全にオーケーもらえる流れかと思ったよ……」
まさかのお断りにショックを受けた私は、海外ドラマの役者のようにオーバーリアクションで落ち込んでみせた。
しかし、そんな私を見てもムトーは全く動じない。何を言っても首を縦には振ってくれないだろう。
「サークルの活動写真とか見せてよ。班とか作ってやってんの?」
「写真? 沢山あるよ! 是非見て。今は割と細かく班を分けて制作していてね」
少しでも興味を持ってもらえるように、私は嬉々として写真フォルダを開いた。
新歓飲みの写真、プチ合宿の写真、動画撮影中の写真、休憩時間に遊んでいる写真など、何枚もの写真を見せた。
ムトーは最初は楽しそうに見てくれたが、段々しみじみとした表情に変わって、静かに写真をスライドしていく。

「……なんか、良かったね」
「え、何が?」
「あんたも私も、ドブみたいな中学時代乗り越えられて」
その言葉に、私は思わず苦笑してしまった。本当にそうだ。まさかこんなにたくさんの友達に囲まれて、学校生活を送っているなんて。
「文化祭の後、しつこいくらい私の家に来て、馬鹿みたいに仲直りしたいって言ってきたよね冬香」
「はは、詩織全然家から出てくれなかったよね」
「ようやく冬香を許したら、私もやっと自分で自分を許せたんだ」
「ムトー……」
「本当、色々あったからね」
ムトーは塾の帰りに襲われた事件をきっと思い出しているんだろう。あの時ムトーが来てくれなかったら、私は今トラウマに縛られて身動きできていなかったかもしれない。
なんとなく、ムトーが次に何を話そうとしているかを察して、私は一度お茶を飲んだ。

「……市之瀬春人は、見つかったの?」
その質問に、私は苦笑まじりで静かに首を横に振った。夢に見るほど探しているのに見つからない。そのことを伝えると、ムトーは悲しげにそっか、と呟いた。
「見つかるといいね。何か情報掴んだら教えるよ」
「ありがとう。助かるよ」
この学校に、ハルのことを知っている人は私とムトーしかいない。中学時代のハルは、クラスの真ん中にいつもいたから、なんだかこの状況が不思議に思える。
そんなことを話しているうちに、次の講義の時間が迫っていた。
「そろそろ行きますか」
「オッケー。あ、そうだ冬香、今度私のバイト先に遊びに来てよ」
「え、どこでバイトしてるの?」
「聞いて驚かないでよ」
何やら楽しげな表情で、ムトーはバッグからパンフレットのようなものを取り出した。それは、私も東京に来てからよく行くようになった歴史ある映画館のパンフレットだった。
「まさかのキサラギホールのアルバイト受かったの! まあコネありきなんだけどね」
「ええ! ここ私も応募して落ちたところ……」
「あはは、どんまい。また募集かかったら紹介してあげる」
飯田橋にある有名な単館映画館でアルバイトなんて、羨ましすぎて思わず歯を食いしばってしまった。
大学生になったら映画館でバイトをすることを夢見ていたが、とくにキサラギホールで働くことに憧れていた。ムトーの手を握り、次の枠が空いたら絶対に紹介して、と圧をかけた。
「冬香は本当に映画好きだね。撮影頑張って」
そして、私達はお店を出てそれぞれ次の講義がある教室へと向かった。
どうしてこんなに映画に救われているのか、自分でも分からない。大学生になってから、映画を観る本数はぐんと増えた。


もしかしたら今観ているこの映画を、ハルもどこかで観ているかもしれないと思えたから。