ハルが東京へ行ってしまった。そのことを聞いたのは、自分の合格発表が終わって間もない時だった。
その時私は、ようやくハルに自分から会いに行って謝ろうとしていたところで、新しく買ったスニーカーを履いていた最中だった。
決意をし、ハルに会いに行くと言った私に、バツが悪そうに母親が静かに告げたのだ。

「ハル君ね、東京の高校受けて、そのままもう引っ越したみたいなの」
「え……、どこに……?」
「それが、ハル君のお母さんにも教えてもらえなくて……。風の噂だけど、ハル君の心臓の治療費のことで随分揉めて離婚したみたいね。東京の方が稼げるから引っ越したのかも……」
「嘘だ! 本当に、分からないの……?」

現実を受け止めきれないまま母親に迫ったが、母親は何か言いたげな顔をしながらも、ごめんねと眉を下げるばかりだった。
それでも私はまだ全てを受け入れていなかった。すぐにハルのスマホに電話をかけてみる。ハルが、私に何も言わずに消えて無くなるはずがない。そんな過信がまだ私の胸の中にあったから。
でも、その最後の希望は、無機質な機械音で見事に打ち砕かれてしまった。
『お掛けになった電話番号は、現在使われておりません』というアナウンスが、一定の振動で私の鼓膜に届いた。

「嘘だ……、ハル……」
あの時のことを謝れないまま、二度と会えなくなってしまうの? そんなの嫌だ。謝りたい。また、前みたいに映画を一緒に観て感想を言い合ったりしたい。
身勝手だと分かっている。だけどあの時の私は、ハルの全てを受け入れられる余裕がなかった。

あの拒絶は、一体どれほどハルを傷つけてしまったんだろう。

ハグで私の感情を読み取れるというのは本当なの? 読み取って幻滅したことはあった? どんな時その力を使ったことがあるの?
聞きたいことは山ほどあるのに、肝心のハルがもうここにいない。もう会えない。

「ハル……、ハル……」
何度名前を呼んでも、彼はもう戻ってこない。
それから、私はハルが教えてくれなかった様々なことを両親や学校の先生を通して知った。

幼い頃からハルの両親は不仲で、ハルの病気が発覚したタイミングで父親が会社をクビになったこと。
いつもいつもハルの命にはお金での揉め事がついてまわっていたこと。
幼い頃よく泣いていた日は、両親が自分の医療費で喧嘩をしていた日だったこと。

『生きてること自体に、罪悪感を抱いていたのかもな』という、ハルの寂しい言葉が頭の中に蘇る。

どうして見逃してしまったんだろう。どんな思いで、あのセリフを言っていたんだろう。

私は一体、ハルの何を見てきたんだろう。情けなくて仕方ないよ。ハルは何度も私を抱きしめて、痛みを分かち合おうとしてくれたのに。
私はハルのこと、何も分かっていなかった。

「福崎さんのこと、ハル君凄く真剣になって、警察にも訴えかけてくれたみたいね。結局任意の取り調べを受けるだけで終わってしまったけれど、ハル君にお礼しなきゃだったのにね……」
お母さんも苦痛の表情で、ハルとのお別れを悲しんでいる。
ハルと話さなかった間も、ハルは私を守るために戦ってくれていた。
自分の不甲斐なさに、私は玄関先に崩れ落ちた。


春になったら、私は高校生になる。

ハルがそばにいないまま、残酷なほどあっという間に季節は巡った。