白砂を踏みしめた素足が、爪の先から脳の端まで、ゆっくりと冷たさを伝えてゆく。北風が時間をかけてじっくり冷やした砂の粒から、あの日と同じ匂いがした。

僕は、この冷たさを知っている。


誰もいない夜の浜辺には、目には見えない何かが棲んでいる。例えば悲しい映画を見たあとの何とも言えない虚無感だとか、何でもない日の夕暮れに感じたどうしようもない寂しさだとか、名前も色もわからない、形もなければ触れることさえ叶わない、そんな何かを、確かに僕らは知っていた。

あの日も同じようにそれはここにあったし、僕らはそれがとても恐ろしかった。漣を数える合間にキスをして、一秒だって離すものかと抱き合った。濡れた素足にこびりついた白砂が、乾いて落ちてゆくのが怖かった。


僕はまた、思い出す。


誰もいない夜の浜辺に、悲しい映画を見た午後に、何でもない日の夕暮れに。あの日は確かに手が届いていたはずの君の腕を、飽きるほど重ね合えた唇を、抱きしめたぬくもりを。

白砂を踏みしめた素足が一歩ずつ漣を目指していく間に、僕はまた君を思い出す。光ひとつない地平線の果てに君を見る。

息を吸って、吐く。

一歩近付く。

覚えてる。


僕は、この冷たさを知っている。



【漣は知ってる】

(久しぶりだな、と海が笑う)