「……いや……いやいや!!」

ぶんぶんと首を振るレインに構わず、ティアナの声は頭に響き続ける。

『レイン。今から私は、禁断の魔法を使うわ。そしたら貴女は、真っ直ぐ森の奥へと走りなさい』

(……魔法?……何を言ってるの?姉さんは、何をするつもりなの?)

レインの心の中の問いかけに、ティアナは答えない。

『レイン。私の希望の光。……貴女はいつか自分の役目を思い出すでしょう。でもね、私は貴女に生きて幸せになってほしいと願うわ。……レイン、最後のお願いよ。横笛を決して誰にも渡さないで』

「姉さん?」

姉の言葉の意味が分からず、ただ困惑した視線を送る。

ティアナは口を開けた。

「……レクス・ステラ・ヴォアノア!!」

ティアナの凛とした声が響き渡ると、突然地響きがし、地面からトラバサミのような鋭い牙を何本も生やした黒い何かが出てきた。

それは、フードの男達とティアナを飲み込もうと口を開ける。

「駄目ぇぇぇぇ!!」

手を伸ばし、駆け寄ろうとすると、またティアナの声が聞こえた。

『……約束よ。レイン、逃げて生き延びるの……そして、貴女は―』

最後の言葉は続かず、牙はティアナとフードの男達を飲み込んだ。

「……や……いや…………っ、いやぁぁぁぁぁぁ!!』

頭を抱え込み、レインは悲鳴をあげた。そして、無我夢中で走り続けた。

最後に見た、ティアナの悲しそうな微笑みが、ティアナの言葉が、レインの頭の中に焼き付く。

ドクドクと心臓が痛い。息が苦しくて足もだるい。けれども、それ以上に恐ろしい。

レインは走った。走って走って、訳がわからなくなるまで。

だが、足がもつれて転んだ。じんじんと痛む体。せりあがる悲しみと恐怖から、目の前が霞む。

「うぐっ、ひっく……うぁ……ああ、ぁ…………うわぁぁぁぁぁ!!」

涙がポロポロと溢れる。

もう、レインの手を握ってくれる人はいない。もうレインを抱き締めてくれる人はいない。もうレインを愛してくれる人はいない。

大好きだった。レインにとっては、ティアナが姉で母親で、友達だった。

恐らく世界中で、誰よりもレインを愛してくれていた。

「姉さん………ひっく……ねぇ………さん………クックレオ……」

とっくに焼け死んでいたレインの友達。物心ついた時から、クックレオはレインの側にいた。

レインは地面に顔を埋めて泣き続けた。何故ティアナは死ななければならなかったのか、何故魔法を使えたのか。

沢山の疑問が沸き上がりながらも、レインはただ、可哀想な姉と友達のために泣き続けたのだった。