雑貨屋に小麦屋に洋服屋。色とりどりのテント屋根がひしめくバザールは、この町の中心を通る幅広の大通り周辺に広がっている。
バザールを過ぎると、ルネサンス様式の教会や瀟洒な建物が連なるこの町の主要部に行き着く。その先には、張り巡らされた堀を隔てて広大なシルディア城へと続く架け橋が伸びていた。
群衆が言う通り、城に続く道の先からこのバザールに向けて、今まさに馬に跨った大勢の騎馬隊が列を成して近づいてくるところだった。
見たところ、百人は裕にいる。たかだか巡回にそれほどの人員を要することができるのは、大陸一の大国シルディアだからこそだ。規則的な馬の蹄の音を響かせ、揃いの濃紺の軍服に身を包んだ警備隊は、異様な威圧感を放っていた。
「巡回って、何を見回っているのかしら……」
大通りの向こうの軍隊を見やりながらジルが不安げな声を出せば、
「おそらく、獣人の取り締まりだろうね」
とクロウが困ったように返事をする。
(そんなの、早く逃げなきゃ……! クロウがつかまっちゃう!)
今このバザールに、クロウ以外の獣人はいない。獣人を忌み嫌っているというそのエドガー王子とやらに目をつけられるのは、時間の問題だ。
「クロウ、逃げよう……!」
ジルは慌ててクロウの手を掴んだが、時すでに遅しだった。突如伸びてきた誰かの拳が、店先で髪飾りを手にしたまま立ち尽くすクロウを殴りつけたのだ。
バシッと痛々しい音が辺りに響くと同時に、クロウの手から髪飾りが落下する。コロン、と虚しい音をたてて地面に転がったそれを見つめながら、ジルは自分の胸の奥底から今までにないほどの怒りがこみ上げるのを感じていた。
「獣人の分際で、バザールなんかに出入りしやがって! エドガー王子がお前の姿を目にする前に、さっさとどこかに行け! 王子の目が汚れるだろう!」



