千一夜物語

玉藻の前は黎の許嫁が現れたことによりいらいらしながら牙に八つ当たりをしていた。


「なんですのあの小娘は!あんなちんちくりんが黎様の許嫁だなんて!」


「まあまあ落ち着けって。黎様んとこと遠野の嬢ちゃんとこは名家同士だし当然のことだろ?あれか、お前黎様に惚れてんのか?」


問われた玉藻の前は一瞬きょとんとして、腰に手をあてて牙を激しく見下した。


「心からお慕いしているのは確かだけれど恋だの愛だのは別問題ですのよ!わたくしは世に何匹もいない九尾。血を繋ぐ必要があるのです。…そうね、子を作って黎様にお仕えさせたいわね」


「俺も!俺もそう思った!嫁さん見つけて子を作って黎様にお仕えさせるんだ。親子共々!」


「そこだけは気が合いますわね。ああまさか今夜は初夜なのかしら…。黎様、あのちんちくりんの部屋へ行くのかしら」


牙は澪を部屋に通した直後、襖の前に戸棚や机を移動させて入って来れないようにしていたのを知っていた。

庭側に通じる障子の前には黒縫が陣取っていて中の様子を窺い知ることができず、また黎があの調子では初夜どころではないだろう。


「黎様は女帝の方がお気に入りだから嬢ちゃんとは形だけの夫婦になりそうだぜ」


「?当主は何人でも娶れるのだから両方娶ればいいじゃないの。ああ黎様の御子…!きっと男だったら凛々しくて、女だったら絶世の美女でしょうね!ああ早く見たいですわ!」


そんな単純な話じゃないと思うんだけどな、と思いながら、黒縫と話している黎を縁側で見かけて近付いた。

黒縫がすぐ気付いて狗神姿に戻った牙とすんすん鼻を突き合わせて敵ではないと分かり合うと、黒縫のように伏せて座った。

黎からはこちらから何も事情を話してはいけないと言われている。

牙もまた主に絶対忠実で、頬を膨らましながらやって来た玉藻の前を紹介しつつ、皆でとりあえず祝いの酒を飲んだ。


『澪様は本来素直で溌剌とした方なのです。どうかご理解下さい』


「分かった!とりあえず部屋から出てくるのを待つしかねえな!」


まだ出て来なくていいと思ってしまった黎は、神羅に恋焦がれて、あの無表情で冷たい声色になった神羅を思い出して胸を痛めた。


会いたい――

けれど会いに行く勇気はなかった。