千一夜物語

これは夢なのか、と思った。

自分にも澪にも許嫁が居て、双方相手に会ったことがなかった。

親が決めた縁談であり、そんなものは受け入れられないと呆れて家を出奔して今日に至ったわけで―――


澪の許嫁の相手が自分であり、自分の許嫁の相手が澪。

そんな奇跡があっていいのかと固まった黎は、何か言いたげな顔をしている黒縫に手を差し伸べた。

黒縫も戸惑いながら黎に近付こうとしたが――それを止めたのはまたもや澪だった。


「黒縫…やめて。行かないで」


『ですが…』


「私は相手が誰であれ、あの方以外は心を許さない。黒縫、だから私を守って」


『…はい』


――まだ気付いていないのか?

確かにずっと夜叉の仮面をつけていて素顔を見せたことがないとしても、声色は変えていないし…気付いてもいいはずなのにそれに気付かないのは、意固地になっているからだろう。


「…」


黎は怒ることなく、澪に問うた。


「嫁が来るなんて聞いてない。誰の仕業なんだ?」


「…これを」


澪が懐から出した文を黒縫が口で受け取って黎の元まで届けに来た。

互いに視線を交わして後で話をしようと目配せをしあって文を開くと、一通は本家の父親からだった。


‟そちらに拠点を設けているのなら、そちらに嫁を送る。祝言の日程についてはまた後程”


「…ちっ」


舌打ちをした黎は、もう一通の文を開けて目を通した。


‟当家の事情により早めに祝言を挙げていただきたく…”


そこまで読んで文を縁側に放り投げた黎は、澪に背を向けて牙に命じた。


「部屋を用意してやれ」


「え、でも…」


「少し頭を冷やしてくる」


「どこに?」


そう訊いてすぐ黎がどこに行こうとしているのか気付いた牙は、黎に手を振った。


「女帝によろしくー」


頭が混乱していた。

喜んでいいのか訳が分からなくなって、黙って傍に居てくれる神羅の元に向かった。