千一夜物語

いらいらして、むかむかして、どうしようもなく胸やけがして浮浪町に戻る気になれなかった。

夜半頃御所の上空で立ち止まった黎は、御所から神社に渡ろうとしていた神羅が気配を感じて見上げてきて目が合うと、ゆっくり下りてそのまま佇んでいた。

黎の様子がおかしいことにすぐ気付いた神羅は、歩み寄って唇を引き結んで無表情の黎を見上げた。


「早い帰還でしたね。数日開けても良かったのに」


「俺が来ると迷惑か?」


「え?…いえ、別にそういうわけでは…。お主は私を守る役目なのですから長く居ないのは困ります」


ぷいっと顔を背けた神羅が神社に向かって歩き出すと、黎はその後ろをついて行って中へ入って後ろ手で錠をかけた。

はっとした神羅が身構えると、黎はどすんとあぐらをかいて座ってまっすぐ神羅を見つめた。


「慰めてくれ」


「何か…あったのですか?」


「訳は言えない。いいから傍に来い」


黎が弱っている――はじめて見せる少し傷ついたような表情をしている黎に女心が疼いた神羅は、言われた通り隣に座って恐る恐る背中を撫でてやった。


「何があったのか分かりませんが、お主らしくありませんね」


「…俺だって弱音を吐きたい時はある。聞いてほしいと思う相手が居ないだけだ」


…弱音を聞いてあげたい。

そう思いながらも神羅が黙ったままずっと背中を撫でていると、黎はちらりと神羅を横目で見て腰に手を回してぐいっと抱き寄せた。


「な…っ」


「今からお前を撫で回す。それで俺の気が少し収まるから我慢しろ」


――黎の指が髪を梳いて、首筋に顔を埋めてぴったり身体を密着させた。

いつの間にか膝に乗せられていて、首筋にかかる黎の吐息にぶるっと身震いすると、ひたと目が合った。


「…俺の弱音を聞きたいか?」


「……お主が話したいのなら」


「…やっぱりいい」


むっと唇を尖らせた神羅が可愛らしく、少し気が紛れた黎が神羅の下唇を甘噛みすると――神羅が目を閉じて女の表情になって、むらっとして――そのまま唇を重ねた。