千一夜物語

御所に着いた黎は、牙と玉藻の前を待たせてひとり神社へと入って行った。

鬼ヶ島に向かうことを伝えるために来たのだが――実際のところ、神羅に一泡吹かせてやろうという思いが強かった。

妖を斬れる刀を持った人が、妖の領域である鬼ヶ島に乗り込んで殺そうとする事案をどう思うか。

また逆の立場ならどうするつもりなのか。

この逆の立場というのはすなわち悪路王対神羅なのだが――鬼ヶ島に乗り込んで人からひとつ残らず刀を奪い取るつもりの黎は、ここへ来る度に度々見かける関白の男と神羅が話す様を見る度にいらつく自分を実感していた。


「神羅、少し留守にするから大人しくしていろ」


「別に構いませんよ、お主がどこへ行こうとも」


中へ入ると神羅は相変わらず祭壇に祈りを捧げていたが、黎だけでなく鳥居の所に牙や玉藻の前が居ることに気付くと腰を上げて黎と向き合った。


「…大ごとですか?」


「お前が作ったものか分からないが、妖を斬れる刀を持って妖の領域に乗り込んだ者たちが居るから粛正してくる」


「殺すのですか?それはやめ…」


「止めなければ同朋が殺される。怪我する程度に止めるから心配するな」


神羅に噛みつくのが日課の黎は、もしかしたら数日会えなくなるかもしれないと思ってずいっと神羅に近寄り、後退りさせた。

そのままどんと壁際まで追い詰められた神羅が目を見開いて黎を見上げていると、黎は神官衣をずらして滑らかで細い肩口を露出させると、いつもの甘噛みではなく牙を食い込ませて出血させた。


「う…っ」


「お前が勝手をしないように印をつけておく。ああ…美味いな…お前の血は酒より甘美な味がする」


股の間に足を入れて動けなくさせた後、黎はさらに神羅の首筋を強く吸って赤い痣をつけたが、神羅はそれに気付いた様子がなく、顎で祭壇に祭られている鏡を指した。


「見てみろ」


「何を…ですか?」


にやにやしている黎に不安になって鏡を手に取った神羅は、首筋に赤い花びらのような痣を見つけて硬直した。


「こ、これは…!」


「これでしばらく人前には出られないな。俺が戻るまで大人しくしていろ」


「れ、黎!」


「それは数日消えないぞ。関白の男に知られたらどうなるだろうな?俺とお前のただならぬ関係に気付くかもしれん」


背後で神羅が非難の声を上げていたが、黎は耳を貸すことなく神社を出て待っていた牙たちに肩を竦めて見せた。


「じゃあ行くか」


相変わらずの俺様。

神羅の血がついた唇をぺろりと舐めながら御所を後にした。