千一夜物語

大丈夫か、と囁いた黎の声色が本当に自分を心配してくれているものだと知った。

自分は黎にとって食い物のはずなのに――この身を案じるのは他の者に自分を奪われるのではないかと分かっていてのことだとしても…嬉しかった。


「黎…っ、無茶をしないで下さい!」


「俺が土蜘蛛程度にやられると思っているのか?こんなのただの足が沢山あるだけのか弱い妖だ」


右目を失って七転八倒している土蜘蛛は、近くに居た近衛兵を足で薙ぎ倒しながら朝廷中に響く断末魔を上げていた。

その間にも黎は目に見えぬ速さで刀を振りかざして山のように大きな足を一本ずつ切り落としていた。

最終的には足も全て切り落とされて、胴体と頭だけになった土蜘蛛は、黎を呪う言葉を浴びせた。


「悪路王様は貴様を許すまい…!俺はただの下っ端だが、悪路王様はこんなものでは…!」


「ひとつ教えてやろう。俺は鬼族の頭で当主だ。悪路王は鬼族でも末端の者でしかない。血統が違う。強さが違う。すぐにお前の主も送ってやるから逝け」


「頭…?当主…?貴様まさか…‟裏切りの一族”の…」


広く知られた話のため、黎は何の感情も抱かず土蜘蛛を頭から胴体まで一刀両断して着地した。

だが土蜘蛛はしぶとくまだ生きていて、不気味な笑い声を漏らしていた。


「ははははっ、そうか…ひとりの女に執着するのは血筋由縁ということだな…」


「…」


冷淡な目で土蜘蛛を見下ろしていた黎の元に神羅が駆け寄ると、そのただならぬ会話の内容に黎の袖を引いて見上げた。


「黎…」


「…こいつは燃やした方がいい。火を持って来い」


待機していた近衛兵たちが一斉にかがり火を土蜘蛛に向けて投げると、勢いよく炎が上がってあっという間に消し炭になった。


「ひとりの女に執着だと?ふざけたことを…」


「黎…助けてくれてありがとう。怖かった…」


「…もう寝ろ。朝まで傍に居てやる」


神羅を抱こうという気持ちは失せた。


――執着しているのは事実。

それが獲物としてなのか、そうでないのか――

分からなくなりかけていた。