千一夜物語

苛立ちから目をぎらつかせた黎の周囲には青白い鬼火がいくつも飛び交い、強大な妖気を身体から出しておよそ平屋一戸分の大きさの土蜘蛛を睨んだ。

とても…

とてもいい所で邪魔をされて容赦なく虐殺してやろうと決めて、何本もある足の鋭いつま先をがしゃがしゃ言わせている土蜘蛛に無造作に近寄った黎は、騒ぎを聞きつけた近衛兵たちを見て懐に手を入れたものの、夜叉の仮面を神羅の傍に忘れてきていて舌打ちをした。


「お前たちは近付かない方がいい。あれは神羅を狙っている親玉の子分だ。久々に仕掛けてきたな」


土蜘蛛が怖気づく近衛兵たちに目をやった時――黎は目に見えぬ速さで刀を抜いて、足を一本切り落とした。

苦悶にばたつく土蜘蛛は、また足をがしゃがしゃ言わせて黎の方に向くと、鋭い牙の生えた口を大きく開けた。


「貴様が悪路王様の獲物を横取りしようとしている奴か」


「まあ的を得ているから否定はしないが、あんな高級な女は悪路王如きにはやれん。あと理由もなく人を襲うなと言っておけ。俺たちの肩身が狭くなる」


「…お前は何者だ?何故悪路王様の邪魔をする?」


「そっちこそ神羅を何故狙う?神羅を殺したとしても俺たち妖を屠ることのできる力を持つ坊主や巫女は山ほどいるぞ。殺したいならそっちを狙え」


黎の放つ妖気に只者ではないと察した土蜘蛛は、標的を神羅に変えて口から白い糸を吐き出して廊下に佇んでいた神羅の身体をぐるぐる巻きにして引き寄せた。


「きゃぁ…っ!」


「!ちっ」


大きく跳躍した黎は、天叢雲に己の妖気を流し込んで増幅させると、頭上まで大きく振りかぶって糸を両断した。

弾みで神羅が空中に投げされると、落下地点まで駆けて軽い身体を受け止めた。


「黎…っ!」


「俺の獲物に手を出すとは…命が要らんようだな」


神羅が黎の首に手を回してぎゅうっと抱き着いた。

土蜘蛛を殺すつもりでいたがこの体勢ではどうしようもなく、黎は天叢雲を土蜘蛛の目に向けて槍のように放つと、見事に命中して耳をつんざくような悲鳴を上げた。


「先程の伝言だが、伝えなくていいぞ。俺が直接言いに行くからな」


――大丈夫か、と小さな声で黎が神羅に囁いた。

神羅はこんな状況でも胸が高鳴りながら、小さく頷いた。


黎が神羅を下ろして暴れ回っている土蜘蛛に歩み寄る。


このまま逃走させるつもりは毛頭なかった。