千一夜物語

御所や朝廷内は確かに数日前より気が清浄なものになっていた。

妖よりも人の怨念が澱のように溜まっていたはずなのだが、それも見当たらなくなって眉を上げた黎は、御所に戻って机に向かっている神羅に文句を言った。


「おい、お前勝手に退治して回ったな?」


「そうですがそれが何か?」


「それは困る。お前には悪に見えるものでも害のないものも多い。それにお前の神気が強まってしまうじゃないか」


信心深い神羅は特に神気が強く、逆に言えばより美味くなるということなのだが、恩着せがましく神羅に感謝されたい黎としてはあまり面白い状況ではなかった。


「最近体調を崩す者も多かったのですが、ここ数日は皆顔色も良いですし、悪い気がなくなったからでは?」


「帝のお前自身がやるべきことじゃない。また恨まれたり呪われたりしたいのか?」


神羅ににじり寄って肩を抱いて顔を覗き込んでいると――背後から咳払いする者が居て肩越しに振り返った。


「神羅様、少しよろしいでしょうか」


「関白…ええ、いいですよ」


邪魔が入って肩を竦めた黎は、夜叉の仮面をつけて机に頬杖をついてふたりを見ていた。

関白の男はいかにも切れ者らしいあまり表情の動かない男だったが――誰の目も届かない御所で神羅と話している時は笑顔も見えて、親しげでいい雰囲気も醸し出していた。


それが面白くなくて指で机をとんとん叩いていると、話を終えた関白は礼儀正しく神羅に頭を下げて去って行った。


「何の話だったんだ?」


「…お主には関係のないことです」


「そうか?いい雰囲気だったが…まさかお前たちそういう関係じゃないだろうな」


「…だったら何なのですか?私も関白も独り身ですし問題な…」


黎を見ないようにしながら吐き捨てた神羅だったが――突然顎を持ち上げられたと思ったら、仮面を外した黎の深淵の如き切れ長の黒い目が真っすぐ自分を見つめていて、身を固くした。


「何度言えば分かるんだ?お前は俺のものだ。よその男に奪われるなどあってはならない。…お前が生娘でなくなった瞬間にお前を食ってやる。対価など知ったことか」


がぶっと唇に噛みつかれたと思ったら肩をどんと押されてよろめいた。


…独占欲が嬉しかった。

禁断の恋に焦がれて、燃えて、堕ちてゆく――