千一夜物語

強力な紐で縛った何枚もの畳を何往復もかけて屋敷まで運んできた牙はへとへとになり、狗神の姿のままで庭にだらりと寝そべった。


「疲れた…」


「ご苦労だったな、褒美に毛並みを梳いてやろう」


農耕用具の三又の備中鍬を手に寝そべった牙の白黒でふわふわな毛を梳いてやると、嬉しさのあまり尻尾をばたばた振って土が舞った。


「この馬鹿狗!わたくしの十二単が汚れてしまうじゃないの!」


「女狐はあっち行ってろ!俺と黎様の憩いの時間を邪魔すんな!」


「黎様黎様、わたくしも頑張りましたのよ。わたくしの尻尾をこれで梳いて下さいまし」


懐から雅な紅色の櫛を取り出して手渡された黎が仕方なく背中を向けた玉藻の前のふわふわの尻尾を梳いてやると、こちらも同じように尻尾をばたばた。


「おい、尻尾を動かすな」


…意外と面倒見がいい。

めんどくさがり屋ではあるが、一旦懐に入れると面倒見のいい男になり、密かに黎を慕う者も多い。

何せ玉藻の前を救ったように本人は救ったつもりがなくともこうして礼を言いに来る者も多く、その都度覚えていない黎は首を傾げるばかりで、牙は何度も呆れていた。


「黎様、いかがでしょうか。あの…全てではなくとも畳は入れ替えましたし、この恐らく居間と思しき場所だけは完全にきれいにいたしました。…お傍に置いて頂けますか?」


黎は腕を組んで考えた。

玉藻の前は強い妖だし、従順だし、美女だ。

雑多なことは今まで牙がやってくれていたが、ふたり居ればもっと快適な暮らしができるはず。


「よし分かった。だが屋敷内は全てきれいにしてもらうぞ」


「!承知いたしました!」


「黎様!俺反対!」


牙が反対の声を上げたが、黎は完全に無視してきれいになった居間に上がって笑んだ。