千一夜物語

狗神の姿になった牙の背に乗って浮浪町の屋敷に戻った黎は、びりびりになった着物を着換えた後、早速御所に向かった。


正直言って澪をこちらに呼び寄せてどうするのかは全く決めていなかったが――自分のものにするということだけは決めている。

また澪もそれを望んでいる節があったため、牙の言葉ではないが、自分の嫁にしてもいいかもしれないとうっすらではあるが思い始めていた。


「戻ったぞ」


思いきり勢いよく神社の戸を開けた黎は、祭壇に向かって祈りを捧げていた神羅が身体を起こして肩越しに振り返った少し冷徹な表情に何故か胸がときめいて、にやにやしながら近寄ってなれなれしく肩を抱いて隣に座った。


「俺が居なくなって寂しかったか?」


「全く。全然。…お主は役目を果たして来れたのですか?」


「いや、それが邪魔が入ってこのざまだ」


胸元を少しはだけさせて傷口を見せると、神羅は眉を潜めてその傷口に指でつっと触れた。

また少しどきっとしてしまった黎は、その指を払って居住まいを正すと、不服そうに少し唇を尖らせた。


「姿さえも確認できていないが、名は知っている。だからこの傷が治ったら今度こそ殺しに行く」


「かなり深手のようですが。治療はしたのですか?」


「一応はありあわせのものでしてある。俺は上級の妖だから治りが早い。こんなのすぐ…」


すっと立ち上がった神羅が葛籠からすり鉢と薬草の入った箱を取り出すと、黎の前に座り直してにっこり微笑んだ。


「ちゃんとした手当てをしてあげますよ。私の命の期限が伸びたのですからこの位は無償でして差し上げます」


「心配してくれているのか?」


頬を寄せた黎に、神羅、ぴしゃり。


「いえ全く。全然。早く包帯を解きなさい。痛みに大声を上げないで下さいね、いい大人なんですから」


つれなくされて、そういう経験があまりない黎はうきうきしながら腕を抜いて上半身を晒した。


「俺に悪戯をしてもいいぞ」


「数日会わぬ間に頭がおかしくなりましたか?早く脱ぎなさい」


命令されて、いつもなら命令するなと食ってかかるところだったが、肩を竦めて大人しく治療を受けながら、こういう女もやっぱりいいなと浮ついていた。