とりあえず話を聞かなければと屋敷へ案内しようと思ったのだが、どこもかしこもまだ汚れている。

きれいな十二単を着ている女を座らせるわけにもいかず、黎は一応警戒のためだらりと腕を下げたまま相対した。


「命の恩人とはどういうことだ。俺はお前なんか助けてない」


「いいえ、救って頂きましたとも。わたくしは殺生石に封印されておりました九尾の玉藻の前(たまものまえ)と申します」


――玉藻の前といえば伝説級の妖狐だ。

古くから存在して男を手玉に取り、特に御所に出入りしては人を掠め取って食ってしまう。


「お前が妖狐の玉藻の前か。名は知っているが…俺が助けたのか?」


「ええそうですとも」


にこにこ。

万感の思いで見つめてくる美女にまだ黎が戸惑っていると、強い妖気に踵を返して戻って来た牙は瞬時に狗神の姿になって地響きと共に黎の前に降り立った。


「黎様!敵か!?」


「いいや、違うらしいが…玉藻の前だと名乗っている。俺が殺生石に封印されていたこいつを助けたんだと」


「ああ…だから構うなって言ったじゃん!」


何かしら知っている風な牙に黎がきょとん。


「は?どういう意味だ」


「でっけえ石があってさ、毒を垂れ流しててさ、誰も近づけなかったんだ。でも黎様の通り道にそれがあったもんだから、刀で一刀両断!邪魔だっつってぶった切ったじゃん」


…全く覚えていない。

ぽかんとする黎の手をぎゅっと握った玉藻の前は、すりすり身体をすり寄せて猫なで声を出した。


「封印を解いて頂いたお礼に、あなたにお仕えいたします。玉藻の前を存分にお使い下さいまし。なんなら夜伽も…」


「ご主人様に近付くなよばばあのくせに!」


「…ばばあですって…?この玉藻の前を侮辱するとは狗神風情が…」


ぶわっと妖気が吹き出して臨戦態勢に入った二人の頭を黎が刀の鞘で結構な力で叩いて制した。


「喧嘩をするな。とりあえず理解した。玉藻の前と言ったな、ここに居たいならまずこの屋敷をきれいにしてみろ。その結果如何で考えてやらなくもない」


「!承知!」


とりあえず喧嘩が収まってため息をついた黎は、煙管を吹かして空を見上げた。