浮浪町で最も凶悪で狼藉し放題の男たちが煙のように居なくなった――

その報は瞬く間に浮浪町全体に知られることになり、噂話が絶えなくなった。


「男ひとりと山のような犬だけであいつらを叩きのめしたらしいぞ」


「誰か様子を見に行ってくれないかな」


「人外らしいと聞いたが…もしかしたらあいつらより性質が悪いんじゃ…」


――そんな噂話が蔓延している中、黎は人型に戻った牙に金を手渡して顎で平安町の方を指した。


「お前ちょっと色々買って来い。畳とか漆喰とか屋敷を直すもの全般を」


「ええー!?俺ひとりじゃ無理…」


「狗神の姿になればいいじゃないか。金が足りなくなったら言え」


「このぼんぼん黎様め!」


黎の家は旧家の名家で、鬼族の始祖と呼ばれる鬼頭の者だ。

しかも当主であり、とある役目があるためこうして放浪することに黎の父母たちは散々反対したものの、親不孝者は有り金をたんまり家から持ち出してきていた。


「早く行け。俺はこんな汚れた場所に住みたくない」


「この我が儘黎様め!」


ぶつぶつ文句を言いながらも牙が狗神の姿になって平安町の方へと飛んでいくと、黎は荒れ放題の庭を歩いて回って小さく息をついた。


「あいつひとりじゃさすがに無理か」


「あの…ごめん下さいまし」


たおやかな女の声が聞こえて振り返ると――そこには金色の尻尾と耳の美女が立っていて、はじめて見る顔に黎は首を傾げた。


「なんだ、結界を張っていたはずだがどうやって入ってきた?」


「ご無礼かと存じましたが綻びを作って入らせて頂きました。…ご主人様、お会いしたかった!」




……またもやご主人様呼ばわりされて黎が眉を潜めると、橙色の十二単姿の謎の美女はしずしずと黎に近付いてすっと手を取ると、頬ずりをしてさすがに黎を驚かせた。


「俺はお前を知らないんだが」


「ご主人様はわたくしにかけられた封印を解いて下さったお方。いわばわたくしの命の恩人!」


…またもや変な奴に懐かれたか?


ひきつった表情の黎に、満面の笑みの謎の美女。

困ったことになって、凍り付いた。