千一夜物語

帝は直接臣下たちに話しかけたりはしない。

右大臣や左大臣、関白ともなれば別の問題だが、彼らが御簾の傍に座って帝の声を聞き、裁可を代わりに下すため、常に御簾の中に座している帝の姿を見ることすら敵わない。


だが――人影位は分かる。

神羅の傍に座っている謎の人物は、朝議に集まった皆の目にも見えていて、小さなざわめきがあちらこちらで起こっていた。


「用心棒が居ることを誰かに言ったか?」


「私が個人的にお主を雇っている体なため誰にも言っていません。御所で私に付いてくれている女房たちと近衛兵には箝口令を敷いてあります」


扇子を広げてひそひそと話をしていると、神羅が帝位に就いてからずっと親身になっていた中年に差し掛かったまだ若い男が眉を潜めていた。


「帝、そちらの者のこと、後でゆっくり聞かせて頂きますぞ」


「これについては問題ありません。早く議題を」


――黎は神羅の傍で欠伸をしながら大勢集まった神羅の臣下たちを御簾越しに見ていた。

妖に取り憑かれている者は居ないか、また幽鬼の類は居ないか――少なくとも後者の気配はしていたが、欲望渦巻く場所に幽鬼は必ず居るためさして問題はない。


「お前は十二単は着ないのか?」


「あのようなもの動きにくいだけです。…おかしな者は居ませんか?」


やや緊張気味の神羅の手を無造作に取った黎は、たおやかな人差し指を少し弱めに噛んで僅かに出血させると、甘噛みしながらにやりと笑った。


「お前には見えないだろうが、人ではない者が居る。悪意のある者は後で俺が退治してやろう」


「や、やめなさい…離して」


「こんなの対価の内にも入らないからな。甘くて美味い…神職に就いていた者はやはり違うな」


ぺろりと傷口を舐めて上目遣いに見つめられて、神羅の胸は妙なざわめきに襲われて思わず強めにどんと黎の身体を押してころんと転げさせた。


「何をする」


「私に許可なく触れるのはやめなさい」


「俺に命令するな。俺はやりたいようにやる」


…俺様には何を言っても通用しない。

神羅は額を押さえてため息をつきながら、退屈な朝議に集中した。