案の定、屋敷にはほぼほぼ上半身半裸状態の男臭い連中が住み着いていた。

黎が庭に降り立った時はすでに乱闘騒ぎになっていて、男たちは半狂乱状態で逃げ惑っていた。

それもこれも――

牙の姿が山のような大きな黒白の狗の姿になっていたからだ。


「ひぃっ!妖だー!」


「こ、殺せ殺せーっ!」


普段ならば、妖と人は接点がなく交わることはない。

だが明らかに妖である狗と、悠々と降りてきた人型の恐ろしく美しい男を見て動きを止めた男たちは、茫然と呟いた。


「あ、あいつはやべぇ…あのきれいな顔は妖に違いねえ…」


「ご名答だ。この屋敷を渡してもらおう。出て行くなら殺しはしないが…どうする?」


声も背筋がぞくっとするような低音で、十数人居た男たちの半数は腰が砕けてへなへなと座り込んだ。

だがひとり、黎に向かってずんずん近寄って来る大男が居た。

目には刀傷、手には大鉈――明らかに他のごろつきとは違う。


「お前が親玉か。明け渡すつもりはないようだな」


「妖が人の世に口出ししてくるんじゃねえ。ここは俺たちの住処だ。とっとと出て行かねえと…」


――男の口がぱくぱく動いた。

だが言葉が出てくることはなく、ゆっくりと首が斜めにずれて、ごとんと重たい音を立ててささくれ立った畳に落下した。


「ひ、ひぃっ!お頭!」


「とっとと出ていかないとなんだって?誰か俺に教えてくれないか」


斬ったのは黎の愛刀、天叢雲。

血を吸って突如刀から聞こえた含み笑いにまたごろつき共がぞっとして座ったまま後退りをした。


『ふははは!不味い!不味いが空腹よりいいぞ!もっと吸わせろ!』


「黙れ。で?お前たちはどうするんだ?俺に斬られるか、こいつに噛み殺されるか、どっちだ?」


牙がずしんずしんと音を立てながら黎に近付いて肩や背中に顔を擦りつけて唸り声を上げると、男たちは悲鳴を上げて散り散りに逃げ去って行った。


「さて、これで済んだな。だがお前…だいぶ殺したな」


「向かってくるから仕方ねえ。なあ黎様、食っていいか?」


「いいが、骨も残さず食え。後始末が面倒だからな」


「了解ー」


黎は屋敷の中を見て回って肩を竦めた。


「荒れ放題か…。牙の仕事が増えたな」


自分は全くきれいにする気はなく、呑気に欠伸をした。