千一夜物語

それから一進一退を繰り返した。

咳は止まったものの、神羅の熱は下がらず、話すこともままならなくなった。


「黎さん…覚悟しよ。神羅ちゃんはもう…」


「……」


黙り込んだ黎は、神羅がうっすら目を開けたのを見てすぐに駆け寄ると、か細い手を握った。


「黎…私を…抱きしめてもらえる…?」


「…ああ。抱き起すぞ、しっかり捕まっていろ」


神羅の軽すぎる身体を抱いた黎は、背中に回った腕の弱弱しさに泣きそうになりながら、囁いた。


「俺を置いて逝くんだな…?」


「ふふ…最初から分かっていたことでしょう…?黎…今までありがとう。私、とても幸せだったわ」


「やめてくれ…逝かないでくれ、神羅…っ」


「老いる前に、こうなれて…私は良かったと思ってるのよ…?澪さん…後は…お願いね…?」


「うん…うん…!」


澪の返事を聞き届けた神羅は、大きくひとつ息を吐いた。

もう目は見えなくなっていたため、手探りで黎の頬に触れて指先に濡れる涙の感触に微笑んだ。


「黎…またあなたの傍で生まれ変わるわ。私を必ず、見つけてね…」


「ああ…ああ、必ず…!」


――神羅の身体が重たくなった。

目を閉じて微笑み、動かなくなった神羅を抱きしめたまま、動かなかった。


ひとり満足して逝ってしまった神羅を抱きしめて、動けずにいた。


「黎明さん…」


澪の呼びかけにも一切応えられず、嗚咽を漏らしながら抱き着いて来た桂をも抱きしめて、涙を頬で濡らした。